72 自殺とデートとクラッカー 4

海浜公園の側には小規模の遊園地がある。
観覧車にメリーゴーランドにお化け屋敷に食事処…ひと通りに遊園地と一般人から認められるであろうアトラクションは備えてて、加えて動物園も合体してるところが特徴なのかな。
子供の頃に訪れて以来だな。家族で来たんだっけ。
しかし何が悲しくて俺はこの遊園地に男と来なきゃいけないんだ。いやまぁ、それなりに事情があるわけですけども。
俺は自殺志願者のフォックスって名乗る男と今は手を繋いで遊園地のメイン遊歩道を歩いている。
フォックスは女性歴がないのかガチガチに緊張して俺の手を握るのに力を加減できないのが怖いのか、自分のほうからは力を入れないでただなすがままになってる。
「デートとかしたことないの?」
と俺が聞くと、乾いた声で、
「はは…デートどころか彼女もいないよ」
と言う。声だけで緊張が伝わってくる。
「まぁ彼女がいないのはあたしも同じくですね…」
「え?」
「え?」
あぁ、そっか、俺は女だった。
「彼氏がいないの間違い」
「あぁ、うん、そっか」
「よし、最初はどこいく?」
「君が行きたいところでいいよ」
「それじゃあまずは…ジェットコースターにしようかな」
というわけで、俺とフォックスはジェットコースター前に来た。一番低い位置で地上から1メートルぐらい。だから森の中から飛び出てきたかと思うと空高くへと飛び上がるその様はまるで大蛇、いやドラゴンを思わせるものだ。
その轟音は地上にいる大人しい家族の弁当を食べるシーンを邪魔し、カップルの取り留めのないほのぼの会話を邪魔し、泣く子を黙らせ、耳の悪い老人の会話を無効にする。非常に邪悪な龍である。
「何年ぶりかなぁ、ジェットコースター」
「友達と?」
「いや、家族とかな。あの頃は…平和だったな」
そう言って、どこか遠くの誰かに話してるように呆然と彼方を見るようにするフォックス。
声が俺ではなく空気の中へと消えて行く気がした。
それは置いといて…座席はどこにするかな。
「…一番前空いてるね、どうする?」
とフォックス。
「あー、一番前かぁ…昔このジェットコースターで事故があった時も一番前に乗ってた人がポールに頭ぶつけて脳味噌散らしたから、あたしは後ろのほうにするかな」
「え、ちょっ、…うん、そうしよっか」
あれは悲惨な事故だったな。確かちょっとおデブな人で安全ベルトが閉まらなくて手で身体を支えてたんだっけ。
って俺がそんな話をしたら一番前に乗ろうとしてた高校生のグループも一斉に一番後ろへと移っていった。
「このジェットコースター一番前が誰もいないわ」
と俺はニヤニヤしながら言う。
「え、うん、まぇ、そうだね」
フォックスは苦笑いをする。
そしていよいよジェットコースタースタート。
他の新しい部類のジェットコースターはスタートに色々と工夫をこらしてるけどもココのは古いので最初はゆっくりと空高く上がっていくところからだ。無機質なチェーンがコースターの歯車と噛み合って、人間たちを乗せて空へと上がっていく様。まるで機械に支配された世界で栄養分として扱われている人間が処理施設へと運ばれていくような感覚になる…ってどっかのゲームにこんなシーンあったっけ。
ふと俺は、ジェットコースターのウンチクを誰かに教えてもらった奴があるんだけど、それを思い出したのだ。
「ちょっと前にジェットコースターの事故が起きた時、ニュースでは専門家が『一番前が空いてるジェットコースターは重量のバランスが想定していたものと違うから途中で脱線する事故が起きたりする』って言ってた。普通は係員は前から詰めるように乗せるけど、さっきそれやらなかったよね…」
「え、ちょっ、やばいんじゃないの!」
「これ大丈夫なのかな?けっこう古いコースターだし」
俺とフォックスの会話を後ろのカップルも聞いていたようだ。
彼氏のほうが「え?なに?何の話?」というのに対して彼女のほうが「いやだからさ、前に誰も乗ってないじゃん、本来そういう事がないから設計上やばいんだってさ!やばい、マジどうしよ、嘘でしょ、なんで前から詰めないのよ?!」
さらにその後ろの高校生がそれを聞き、
「え?何?え?脱線するの?なんで?!一番前は避けただろ?おいおい!!」「いやだからさ、前に誰も乗ってないっていうのは設計で想定されてないから一番後ろの奴が脳味噌散らすかもしれないんだよ!!!って、俺一番後ろじゃねーか!!ああああああ!!」
いやぁ、いいねぇ、このパニック具合。ほら、こんな田舎の遊園地のジェットコースターでしょ、みんなスリルのスの字も味わえないんだと思っていたんだよ。
でも事故が起きたのもホントでジェットコースターのウンチクも…えっと、あれはどうだったかな、ウンチク好きな友達が言ってたから本当かどうかはわかんないや。まぁいいか。
ジェットコースターが一番てっぺんに来た時がパニックがマックスになった時だった。まさに絶叫。こんな田舎のしょうもないチンケなコースターでこれだけの絶叫が出るならコレ作った人も本望だと思うよ、うん。カーブを描いていよいよ最も低い地点まで降りていく。そして森の中へと突入。
木々から鳩が飛び出し、下のベンチで弁当を食べてた家族が轟音に驚き、側に繋がれてた犬が吠え、老人が腰を抜かし、あまりの轟音にネジが緩んでないかと係員が支柱を確認する。
「一番前、浮いてる?車輪浮いてない?」
「えええええ!!!見えないよ!!!」
「え?浮いてる気がするよ!」
俺とフォックスのそんな会話に、後方に乗ってる連中が絶叫だ。
「ぎゃああああああ!!死にたくない!死にたくない!!」「やめろうわああああ!!」「逃げろ!ちょっ、俺逃げるわ!!」「ゆうくんゆうくんゆうくんゆうくんゆうくんゆうくん!」「死ぬ時は一緒だからな!!一緒だからな!!!」
あー、俺、グラビティコントロール使えてよかった。いざとなったらベルト外してジャンプして逃げるわ。