72 自殺とデートとクラッカー 2

ドロイドに追い掛け回されてた男と俺は、海浜公園の一角にある公衆トイレの裏に身を潜めていた。
男は一生分の体力でも使ったかのように顔を真っ赤にしてぜぇぜぇと息をしている。確かに普通の人間が走るにはちょっとペースが早いか。俺は身体がアレだから息ひとつ切らさなかったけど。
「はぁ…はぁ!!…はぁ…き、キミ、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫」
「す…凄いね、はぁ…はぁ…。全然息あがってないし。はぁ…はぁ…っていうか、あのドロイドの銃弾、弾き飛ばすなんて、キミ何者なの?はぁ…あぁぁ…疲れた」
「まぁ、その若干、武道の心得があるので…」
武道の心得のある奴が銃弾を見切って弾き飛ばすとかそんな世界だったら戦争で柔道の選手とかが装備なしで戦車を倒せるっちゅうねん、って自分の中でツッコんでいた。
男の息が整ってから俺は再び疑問に思っていた事を聞いてみる。
「何に追われてるの?警察のドロイド以外もいたみたいだけど」
「あ、いや、その、別になんでもない。大丈夫だから」
ここまでの会話の流れでなんでもないとか大丈夫だっていう言葉が全然繋がらないのは自分でも理解してるのだろうか…?
男はそう言って作り笑顔をした。
「警察とかに行ったほうがいいんじゃないの?」
「いやいや、大丈夫だから!それじゃ、俺はこれで…」
「でも、またドロイドが来たら殺されちゃうよ?」
俺は足早にその場を立ち去ろうとする男の後を2、3歩追いかけそうになったところで、やっぱいっか、って思って立ち止まった。本人も別に大丈夫って言ってるわけだし。
と、その時。
草むらのなかから樹の枝を折るようなベキベキという音が聞こえてさっきの警察の蜘蛛タイプのドロイドが現れたのだ。俺は身構えたが狙いは俺じゃないらしい。ドロイドのバルカン砲の銃身は明らかに男のほうを狙っている。くそ…俺は男の肉塊になるシーンをみなきゃいけないのか…やっぱ夢見が悪い。
男がドロイドに気付いて振り返った瞬間だった。俺がそのドロイドを一文字斬りで横に真っ二つにしたのは。
「またつまらぬ者を斬ってしまった」
と俺はグラビティブレードを仕舞う。
男は安堵の表情と一緒に何か複雑な表情もしながら、「俺のことなら大丈夫だって!!」と俺に近寄って叫ぶ。
「いやいや、大丈夫じゃないじゃん、今撃たれてたよ」
「いや、その、なんていうか…」
言葉を詰まらせる男。
「?」
俺の頭にはてなまーくがちらつき始めた時、その中に混じって電脳通信が流れこんでくる。
『キミカか…フォックスと接触したか?』
この声は…。えっと…栗原ちなつさん…だったかな?自分も声だけでよく思い出せたと思ったよ。初音ミンクの声じゃないくてソープランドのアンドロイドの声だからさ。
「フォックス?」
思わず俺は声に出してしまった。
男は突然「え?なんで俺のハンドル名を…?!」って驚いてる。
『うむ。今、貴様の目の前にいる男だ』
『あー、そうですか…。はい、なんですか?』
なんか俺の中にはすげー面倒臭い事が起きてる感みたいなのがピクピク反応してる。何が起きてるのかわからないけど、とにかくすげー面倒臭い事が起きてる事だけはわかるっていう感。
『すまないが、その男を助けてやってはくれないか』
え〜…超面倒臭ぇ…。
やっぱ俺の感は当たったか…。
『ただの女子高生にそんな依頼をされても…』
『だたの女子高生だったのか。それは知らなかった』
『…』
『では、ただの女子高生にお願いがあるのだが、』
人の話聞いちゃいねぇな、この人。
『なんで助けなきゃいけないの?っていうか何から助けなきゃいけないのさ?なんかさっきからこの男の人、ドロイドから逃げまわってるみたいだけどさ…』
『あぁ。それは自殺だ』
「え?自殺?」
やべ。
また声に出しちゃった。
ただ、その俺のキーワードを聞いてから男は突然慌て始めた。それから普通の人間からは聞くことが出来ない一言を聞く事になった。
「今、誰と話してるの?!」
普通は携帯などを使っていれば誰かと話をしていると思うのだが、男は俺が電脳通信している事に気づいたみたいなのだ。
「誰って、その、えっと」
『名前言ってもいいの?』
『ん?あぁ、かまわん』
「栗原ちなつ」
その名前を聞いてから男は何かにはっと驚かされたような顔をした後、何かを悟ったような顔をして俯いた。
そして、
「ちなつさんには俺には構わないでくれって言っといて」
そう言って立ち去ろうとする。
「え、ちょっ」
『かまわないでくれって』
『引き止めてくれ』
『えー…』
って行ってもスタスタ歩いていっちゃうじゃんか。
俺は男に駆け寄って手を握った。
「な、なんだよ」
振り返って男は俺に言う。どことなく語尾も弱くて、目を見て話さない。おどおどとした態度と表情だ。
『馬鹿な真似はやめろと伝えてくれ』
「えっと…。馬鹿な真似はやめろって、ちなつさんが言ってるよ」
「…」
自殺と、それから馬鹿な真似はやめろという一言。これはドラマにもあるようなとても在り来りなセリフの一つだった。けれども、それを誰が発したかが重要だったのかも知れない。俺の言葉を聞いてフォックスというハンドルネームの男は足を止めたのだった。