72 自殺とデートとクラッカー 1

今日はぐずついた天気だ。
せっかくのお休みだっていうのに。
空を残念そうに見渡しながらも俺は地元のとある海浜公園に来ていた。その公園はアーチ状の橋の真下に位置していて、橋を渡る車や人を下から眺めることが出来る。巨大な建造物が好きな人にはベストスポットだろうね。
その橋の対岸にあるのは瀬戸内海の島々で、遥か昔はこれらの小島を結ぶ橋々は存在せずフェリーや漁船で本州と行き来していたっていうんだから驚きだ。
さて、天気の話に戻せば、10月も終わりに近づき時折冷たい風が吹き荒れるも、日中は日差しが熱く、日向でじっとしていられるのはまだまだ冬になってからだろうと実感させる。
こういった巨大な橋の下では日差しが挿し込まないで冷たい風が吹き込んでいるからまだこの時期なら丁度いい。ほら、釣りに来ている人がちらほらといる。
このスポットは俺がこの身体(女の子)になる前から馴染みの場所だった。小学低学年の時、親父が釣りに連れてきたのが最初だったっけ。中学・高校となると一人でもここまで来ることが出来るほどの体力を備えたわけで、何かモヤモヤしたものを抱え込んでいるとこうやって海の風に当たりながらただ時間を過ごしていた。
それが結局何かの解決につながるわけでもない事は知ってた。
しかし、結局は何の解決も出来ない事はわかっていたわけで、客観的に見たら人はそれでも前に進み続ける。
苦難を乗り越えて…とか言ってる奴もいるけど、大半の人間が苦難の前に挫折して目指してたものの前で遠回りしたり、諦めたり、それでもなんとかしぶとく生きていたりもして。だからきっと俺はこの場所には苦難っていう中で自分を揉みくちゃにされてるのからの一時的な開放みたいなものを求めていたんだろう。
橋の名前はなんていうか忘れた。
赤の塗装がされてるその橋の上は道路が2車線、瀬戸内海の島々に住んでる人達やとりわけ瀬戸内海で磯釣りを楽しむ人達の移動手段になっていたりもする。その赤く塗装された橋の上を走っている人影がある。それはどことなく不自然だった。
「なにしてんのあの人?」
人間観察が好きという人間はとても暇な人間であって、加えて言うのなら神の目のような立ち位置に自分を置くことで嫌な現実から離れる事を望んでいる言わば精神疾患の一つのような連中であって、俺はそういう類の輩と一緒にはなりなくはなかったけども、橋の上で走ってるその男の慌てっぷりというか、焦りっぷりというか、まるで生死をわける逃避行の真っ最中のような…。
何かに追われてる?
男は橋を10メーターぐらい海に向かって進んだところまで来ていて、陸の方からは警察などで使われているドロイドが迫ってきてる。蜘蛛タイプの奴か。ってこいつ犯罪者?それにしてもドロイドの追いかけっぷりは半端ないな。まるでコイツを殺そうとしているかのような勢いじゃないか。
その時だった。
マシンガンの様な銃声が響き渡って橋の赤い塗装が鉄ごと吹き飛んでいるのが俺の視界に入った。
「あ」
さっきまで逃げてた男が落下してくるじゃん。
おいおい…死ぬって。
しかも俺の足元に落ちてきそうじゃないか、やばい、俺、人が目の前でぐちゃぐちゃの肉塊になるのを見てしまう事になるのか、ってせっかくこの海浜公園まで清々しい気分を味わうために来たのになんてこった、夢見が悪い。
気づけば俺は男の身体に出せる限りのグラビティコントロールを施して落下の衝撃を抑えた。
それでもゴッと背中から地面に打ち付けられた男は「うッ」と言った後、しばらく呼吸が出来なかったようだ。
年齢は俺よりも少し年上…のように見える。
男がようやく呼吸が出来るようになると、自分の身体がほぼ無傷である事に相当驚いていた。
「あの…大丈夫?」
俺が聞く。
「なんで、…あれ?なんで俺死んでないの?」
とか言ってる。
まぁ、30メーターぐらい上から落下したから…俺が衝撃を抑えたから生きてるわけであって、普通の人間なら死んでるわな。
「ん?」
何かが俺に向かって近づいてくる気配がする。
振り返ると橋のそばからさっき男を追いかけてた警察のドロイドが近づいてくるじゃないか。しかもゴム弾じゃなくて普通にマシンガン装備を施されてるじゃありませんか。
「ちょっ…なんなんだよ」
と俺が言う。久々に焦ってるよ。
確実に殺せる射程距離になった時にドロイドがマシンガンの砲身を俺のほうに向けてくる。殺る気かこの野郎…。
銃弾が発射されるその角度を見切ってブレードではじき飛ばす俺。そのまま5、6発の銃弾を弾き飛ばしながらステップを踏んでドロイドの接近して十字切り。ふッ…変身するまでもねぇ…。
「ええ、ええええ?!」
男は俺を見ながら驚いてる。
そりゃそうだわな。刀でドロイドを切り壊す奴はなかなか居ない。
「大丈夫?」
再び俺が質問。
しかし男は突然俺の後ろのほうを見て慌てた顔になると、
「ここは危ない!!こっち!!」
そう言って俺の手を引っ張っていく。
走る走る。
俺が振り返ってみるとさっきの警察のドロイド以外にも商業用のドロイドで武器を装備していない奴も追いかけてくるじゃないか。こいつ一体何をしたの?何に狙われてるの?