71 ネットウヨク 8

処刑人アンドロイドはその名のとおり、ヤクザの事務所にいるやつを全員処刑したのちに雑居ビルを後にした。
警察がやってきたのはその1分後だった。おれはその時には既に処刑人のリモートコントロールからは切断された。
「どうでしたの?」
「勝ったよ!」
俺のその返答に少し驚いた様子でナツコが言う。
「あら、負けそうでしたのね、処刑人」
「向こうにサイボーグ化した奴がいた」
「なるほど…」
俺の注文していたエスプレッソとナツコが注文していたキャラメルラテが届き、二人してそれを嗜みながら警察が出入りするヤクザの事務所を見ていた。
「そういえば警察が入っていったけど、アレってどうなるの?殺人事件じゃないの?」とか、俺は自分で処刑人を操作しておきながら今更そんな事を言ってみる。
「いえ、殺人事件にはなりませんわ。殺人事件というのはあくまで『カタギ』の世界の人間が殺された場合のみ。ヤクザが死んだ場合は殺人ではなく、抗争事件ですわね」
「ま、まぁ、そうだけど…呼び方が違うだけじゃないの?」
「警察内での事件の取扱い方法が違いますの」
「あぁ〜…なるほど」
つまるところ、殺人課と抗争課って分かれてるっていう事なのか。しかしそれにしてもまるで人の命を重さで分けてるような感じすら覚えるな。と、俺も関わっておいてなんだけど…。
「ただ、今回はちょっと違うかも知れませんわね」
「どういう事?」
「わたくしはまだ詳しく調べていないから知りませんの。ただ、キミカさんやユウカさんが以前、誘拐や強姦の事件で『警察沙汰になってない』って言われていましたね?」
「あぁ、うん」
確かにそうだ。
アンダルシア高校の女子生徒に手を出してきた不良ども。この事件自体も警察沙汰になっていない。警察はとりあってくれなかったよ。それに、あの不良どもはまるで手慣れてて「レイプした後に殺してしまった」という話を冗談じゃなく本当にしていた。
それから『商品』というキーワード。
これから察すると…っていうかケイスケが持ってる猟奇系エロゲのストーリーを若干混ぜて言うけど、連中は人を誘拐してレイプをした後、その女の子をどこかに売ってお金を得ている。しかもそういう行方不明の女の子が沢山いるにもかかわらず警察は何もしようとしてない、ここに何かあるのではないかと思った。
「警察内部にもあのヤクザの関係者がいるという事になりますわ。それが調査されてしまうのも時間の問題…」
「でもさ、調査って言っても調査した警察がグルだったら完全に事件をもみ消されるんじゃないの?」
「いえ、警察が調査するわけではありませんわ」
「へぇ?じゃあ警視庁?」
「いえ。…例えば今回、学校に来たヤクザ…というか左翼グループの事務所の場所だとか名前が割れたのは警察からではありませんわ。キミカさんも見ていたでしょう?」
「え…ちょ…もしかして」
「そうですわね」
ネットウヨク…。
ネットウヨクっていうのは一体何なんだ?
アンドロイドの部隊、広い情報網、それらを支えている資金源…。そしてこれだけのアクションを起こしておきながら実体のない組織。普段からネットの掲示板にはどこにでもいそうな連中なのに、実は裏ではこういう浄化?みたいな事に関わってるっていう事なのか。でもどこにそんなお金が?
ネットウヨクって何なの?」
俺はナツコの意見を聞いてみる事にする。
飲みかけのキャラメル・ラテをテーブルに置いてナツコは言う。
「う〜ん…わたくしも一概にそれに解を出すことはできませんわね。一説によれば軍関係者が国内の保守派の為に資金を提供し、それが結局まわりにまわって軍の維持、しいては軍関係者の生活の維持にまわる事になっているとも言われていますし、一説によれば左翼や在日外国人による企業乗っ取りに怯えた大企業の経営陣が資金を提供し、それがまわりにまわって自分達の企業の維持になっているとも言われていますし…」
仮にそうだとしても、不特定多数の人達があのアンドロイドである処刑部隊を動かしているわけだから資金を裏で提供したとしても自分達の筋書き通りに動くとは限らないんじゃないのか?
ナツコは続ける。
「ただ、それでも今回みたいに学校関係者の為に処刑部隊が裏で動いてる事もありますからよくわかりませんわね。明確な目的があるとするのなら日本という国を守るために法律などのとらわれないちょっと派手な動きをする人達…という事になるのかしら…」
なるほど。
表向きには出来ないけども裏で資金を渡すことで結局は自分の身を守ることになるであろう、そういう募金みたいなものなのか。
「実際、派手に沢山の人を殺しておきながらもヤクザの抗争だからって理由で警察が殆ど動かない事象も過去にありましたわ。法律のせいで手が出ない事件も解決してくれるから、むしろ警察は有難がってるとも言えますわ」
…。
でもちょっと派手に動きすぎな気もするな。
俺は時代劇の中の必殺仕事人っていうのを思い出したよ。
彼らもまた、人を殺して自分の手を汚しながらも、それが最終的に誰かの正義に繋がっているわけでもあるんだな…。
彼らが誰かを殺す事で、その誰かに殺されるかもしれない、または不幸な目に遭うであろう人達を救うことになる。それが結果的に社会の治安を維持している事になったとしても、必殺仕事人がやってる事そのものは人を殺すという行為だ。
向かいのビルの下にはパトカーや救急車が止まってはいたが、救急車は結局誰も運ぶこと無く、そのまま普通の車と同じように道路へと戻っていった。
そしてその光景を通り過ぎる人々は誰も目に止めなかった。
興味はあったのだろう…が、止まって野次馬のように見ていれば自分が巻き込まれるとでも思ったのだろうか。それとも、いつかはこうなることを考えていて心の準備ができているので誰も特に驚きもしなかったのだろうか。
小学生ぐらいの子供がパソカーや救急車を見ながら、「ママー!パトカー!パトカーがいるー!」と騒いでいる。
ママと呼ばれた女性は一言、
「悪い人達があそこにいるのよ」
と子供に言った。