54 関電ハンター 2

「ハンターについて説明の前に…まずは…そうだな、福井県について話しておこうか」
福井県?」
俺は日本に存在する県名を全部言えと言われると出来ない系の人だからな。福井…福井…そんな県あったっけかな?福島、福岡っていうのは頭に浮かんでくるからあるんだろうけど。ん〜。
「オヤジ、この時代の子供は知らないって」
白髪義眼の男が言う。
福井県、という県は今は日本の地図を見てもどこにも存在しないが、ちょうど琵琶湖の上の辺りに『存在していた』県だ。100年も前の話を持ち出しても意味がわからないと言われても仕方ない。ただ、ハンターの話はそこからしなければ通じないのだ」
ホログラムに表示されたのは何の変哲もない日本地図。
そしてハラマキが指さしたのは琵琶湖の上の辺り。えっと、滋賀県…じゃないのこれ?
「合併?」
「そう。合併だ。日本の中で県が合併したケースはここ1000年の中では1回だけ。福井県だけだ」
「へぇ〜…」
「100年前、この福井県の人口の半数が一瞬にして亡くなった」
「…本当の話なの?」
「本当の話だ」
「え?本当に本当?」
「本当に本当だ」
「本当に本当に本当?」
「本当に本当に本当だ」
そう言ってタッチパネルをポチポチと操作するハラマキ。ホログラムは日本地図から別の画面に切り替わり、何やらよく分かんない円錐状の工場の機械のようなものを映しだす。その形は、まぁ下品な言い方をするのなら男性の性器のような…。
「これが『高速増殖炉もんじゅ』だ」
「ほほぉ…これが…ふむふむ…なるほど〜。って何ソレ?」
「ナトリウム冷却高速中性子型増殖炉。平たくいうのなら発電施設というところだろう。ただし燃料に使うのはプルトニウムやウランなどの混合物。そしてそこから生成されるのは兵器としても使用可能な純度の高いプルトニウムだ。表向きにはこの施設は発電施設だが実際は日本が核武装を行う為の下準備のようなものだった。しかし、この施設が正常に稼働した事は一度もなく、そして電気を供給出来た事も同様に一度もない。人為的なトラブルに見舞われ、当時の日本の技術ではそれを処置する事が出来ず、そして最後は不幸にも震災に見舞われた」
次にハラマキが見せたのはホログラムの動画。
海岸沿いに建てられた工場のような建築物をヘリから映している様子がある。ヘリに載っているのはマスコミ関係者のように思える。
しばらくして、ヘリ下の建物が大きく揺れて崩れていくのが見える。これは地震が起きたという事なのかな…。それからすぐに宇宙服を着たような違和感のある姿の作業員が突然工場から走って逃げ出している映像。その後、画面は真っ赤にひかり、一瞬にして周囲の景色は瓦礫に変わった。作業員達は倒れたまま動かない。それから炎が一面を包んだ。
ヘリに乗っているテレビ局と思われるスタッフ達も慌てて工場上空から立ち去ろうとする。が、何故かその機内にいる全員が突然口や目、鼻、耳から血を流す。と、そこで映像は終わる。
「うわぁ…」
よくわかんないけど、これはネットに流せば結構話題になりそうな謎映像だ。特に爆発のシーンは映画でも見ているかのような気分になった。
「この事故の後、多くの人間が放射線被曝により、直接的・間接的に亡くなった」
放射線…被曝…」
「平たく言えば眼に見えないほどの小さく細い針で全身の細胞全てを貫かれる、という事だな。それ自体はさしてすぐには影響は無いが細胞内にある遺伝子情報も破壊される為、細胞の再生が出来ない。新陳代謝が進むにつれて身体は破壊されていく。最後は神経細胞だけが残り、激痛にのたうちまわる」
「この世の地獄じゃん…」
「事故後に拡散された放射性物質による影響で内部被曝をするケースも起きた。影響は特に『細胞の入れ替わりの早い子供』に現れる。運が良くてガン、悪ければ奇形児として生まれてくるケースだ」
「でもさ、これだけの大きな事故なのに教科書にも載ってないような気がする。勉強不足なだけかもしれないけど。マスコミが報道してる過去の凄い事件トップ10とかにも載りそうなのに」
「いいところに気づくな〜お嬢ちゃん」と白髪義眼の男が言う。
「この事件で最も恐ろしいことはこの事件そのものを起きていなかった事にしようとする人間がいたという事だ。そして今も彼らの力により、この事件は隠蔽され続けている」
「なるほど。今回はその事件を隠蔽している悪い奴等を捕まえればいいわけだね」
と俺が言うと、ハラマキはにが虫でもすりつぶしたような顔をして、その一方で白髪義眼の男は
「はははははッ!こりゃ傑作だ!」と大笑いした。
さんざん大笑いした後に、その白髪義眼の男は俺の肩をぽんと叩き、「まぁ、それが出来れば俺達もスッキリできるんだがなぁ…なぁオヤジ」と言った。
「まだハンターの話をしていなかったな」
「ああ、うん」
「『ハンター』というのは特定の人間を指す言葉ではない。ある一つの思想を持つ複数の人間を指す言葉だ。そのある思想とは、つまり、狩る事だ。原発利権で甘い蜜を吸ってきた者達を」
ハラマキはタッチパネルを操作する。
再びホログラムは切り替わって、沢山の写真が並んでいる画像へと変わる。ぱっと見る限りは年配の人間が多い。
男も女もまんべんなくいるな。
「これが『ビンゴブック』と呼ばれているものだ。ハンター達が殺すターゲットにしてきた人間。そしてここに掲載されている人間は全てハンターに殺されるだけの理由が揃っている。原発利権に直接関わってきた者、間接的に関わってきた者、そしてその家族…」
「家族も?」
「そうだ。日本の場合は犯罪者はその家族も犯罪者として扱う文化があるからな」
「そして、」
再びタッチパネルを操作するハラマキ。ホログラムの中に大量に並んでいた顔が一つ一つ暗くなる。全体の8割ぐらいは暗くなった。
「まだ生き残っている人間がこの2割だ」
なるほど…ハンターさんいい仕事してますね。