48 ラーメン一郎伝説 6

結局、ラーメンの底まで野菜で埋まっていたメイリンがあまりにも可哀想なので俺とコーネリアの分のラーメンを食べさせてあげた。
途中でメイリンは「い、いい、いらない。もういらない」と言っていたけど「まぁまぁ、そう言わずに」「一本デモラーメンヲ残スト、クリトリスガ一本切断サレルノデース」と俺とコーネリアはメイリンの口の中に残さずラーメンを流し込んだ。
俺とコーネリアはお腹がパンパンに膨らんで動けないメイリンを抱えて店の外へとでる。清々しい初夏の風が俺達を包みこんでようやく豚小屋を離れて正常な空気を吸った気がしt…あれ?
まだ一郎臭いぞ?
一郎ラーメン臭が離れないぞ?
それもそのはずだ。
店を出た俺達の周りに取り囲むようにデブが並んでいる。そいつらは店から何メートル、いや何キロ…いや、何万光年離れようとも一郎ラーメンの香りを自らの周囲に漂わせる事が出来るんだ(憶測)
顔を見ると、さっき俺達と同じロットで食べてた豚どもだ。
「おい!ギルティどもが」
豚のうち一匹が吠える。
「ギルティどもぉ?そんな名前じゃないんですけど。っていうか、あなた達はどういう類の豚なんですか?」
と俺は反抗的な態度を取ってみる。
「素人が一郎に来るんじゃねーよ!」
と言う豚の背後から別の豚がぽんと肩を叩いて(その時、豚汁がビュッと宙を舞った)
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。相手は素人さんだぞ、と。素人さんなんだから僕達の事を知らなくても仕方ないぞ、と」
「ふッ…まぁいいか。じゃあ俺から名乗らせて頂こう」
デブは少し小躍りした後、ポーズを取って言う。
「俺は豚肉の臭いから豚の体調、そして店員の体調までも知る能力を持つ『スメル須磨崎』」
食べてるものだけでなくそれを作っている店員の体調すら知る事が出来るだとゥ?!なんていう嗅覚の持ち主なんだ。そしてなんていうくだらない事にそのスキルを使っているんだ…。
ざわざわと行列の中の豚達が騒ぎ出す。
「あれがスメル須磨崎…初めてみたぞ」「確か優れた嗅覚で女が生理何日目かを当てる事が出来るという」「こんなところでおめにかかれるとは…あとでサインを貰っておこう」
やっぱり女の生理の匂いも嗅ぎ分けていたのか…。
その背後から現れた黄色のTシャツを来た男が軽くジョジョポーズを取りながらニカァと笑って俺達に視線を送る。見たことがあるぞ!こいつは…。えと誰だっけ。さっき汁を全身から飛ばしてた豚だ。よく見たら黄色のTシャツじゃない、最初は真っ白のTシャツだったのに、一郎ラーメンを食べる際に身体から排出された体液によって黄色くなっているんだ!!
「俺の名は汁汁ミチル。以後お見知りおきを…ネッ!(ビュッ!」
と自己紹介と同時に汁を飛ばしてくる。俺は危うく被弾しそうになった。ギリギリでメイリンを盾にして避けた。というわけで、残念ながらメイリンは体液の餌食になった。
ざわざわと行列の中の豚達が騒ぎ出す。
「あれが汁汁ミチル…初めてみたぞ」「確か全身の毛穴から食べた一郎ラーメンと同じ味の汁を飛ばす事が出来るという」「こんなところでおめにかかれるとは…あとでサインを貰っておこう」
毛穴から一郎ラーメンを出すだとゥ?!こいつの消化器官はどうなっているんだ?!まさか胃が穴だらけになっていて食べたものが血液中にろ過されることなく流れ回っているという事なのか?!そんな事が人間に…いや、哺乳類に可能なのだろうか…。
その背後から現れたのは最初、俺達に自販機から食券を取り出してくれたデブだ。あの口うるさい頭でっかちのお世話焼き野郎だ。
「僕の名は…まぁ知ってるかもしれないけど、いや、知ってるだろうね。絶対に知ってるはずだ。少なくともこの一郎ラーメンに来る客である君達なら。でも万が一にも知らないって事があると名乗りもせずに文句をたらたらと言うなんて、とか文句言われたらたまんないからね。一応言っておくか。『マシマシ雅郎』聞いたことない?聞いたことあるよねぇ、この名前。結構有名なんだよ?聞いた事あると思うけどなぁ…。ちなみに僕のお陰でこの店も安泰だと思うよ?今日はせっかくの山口県一号店のラーメン一郎が開店だからはるばる東京から見てあげたんだけどね。案の定湧いてきた山口土人の君たちのような素人の右も左も一郎の『イ』の字も知らないような自称イチリアン()笑が店を汚さないように釘を差しておかないとって思ってはるばる東京の秋葉原から足を運んだわけだよ。遙か遠く東京からわざわざ山口という土人達が住む田舎に来てあげたんだよ。ありがたいよね?ありがたいでしょ?僕ならありがたいと思って土下座でもしちゃうかもしれないけどさぁ、そういうのに感謝こそされても憎まれる覚えはないなぁ」
あー、なげぇ…。
ざわざわと行列の中の豚達が騒ぎ出す。
「さすがマシマシ雅郎。噂通りの口数の多さだ」「確か常にマシマシで平らげるまで3分かからないというアキバでは『イナゴ四天王』の一人だと聞くぞ。まさか奴がここに現れる事になるとは…」「こんなところでもおめにかかっちゃうとは…サイン色紙が勿体無いからサインはもらわないでおこう」
あぁ、こいつ、どこにでも現れる稀少価値の低いモンスターみたいなものなのね。そのくせ倒すのが面倒で経験値もアイテムもろくなものを落とさない系の。
その背後から現れたのは、(ってまだいるのかよ…)他の豚どもと違って少し痩せてる(けどデブ領域には入ってる)デブだ。
「僕の名は…。ギルティー伊藤。多分知らないかな?」
どのみち知らねーよ。知りたくもねーよ。
ざわざわと行列の中の豚達が騒ぎ出す。
「知らないな…誰だ?」「奴はギルティー伊藤。そう、一郎ラーメンのロット勝負に勝つためにラーメンをまるごと床に落として完食したことにするという」「おいギルティーってレベルじゃないだろ、なんてもったいない事をするんだ」
お前かよさっき床にまるごとラーメン落としてたのは。
その背後から現れたのは…。ってまだいるのかよ。
ざわざわと行列の中の豚達が騒ぎ出す。
「あ、あいつは…いや、まさか、奴は引退したはず…」「クソッ…奴がまだ生きていたとは…胃が爆発して死んだと聞いてたのだが」「そう、奴は数年前、アキバの一郎を次から次へと荒らした男…マシマシ雅郎でもマシマシ一郎ラーメンを3分で平らげるところを、奴は1分で平らげる。食べるというよりも吸い込む…そう見えるその見事なイナゴっぷりから人は奴をこう呼ぶ…『ブラックホール・ケイスケ』」
ケイスケ、てめぇかよ!!
「ケイスケ…アンタの連れなのか?こんな素人をよぉ…」
ケイスケはメガネをクイッと上げてから、
「キミカちゃんはこの僕をも凌ぐ、ブラックホールですにぃ…」
まぁ、ブラックホールは作れるけどさ、食うためじゃないし…。
「な、なにぃ?!あ、あの女が…いや、まさか、ロットを乱しただけで終わったぞ!」という豚の声を始めとして「ロット乱しが…」「ギルティーだ!っと」「だーかーらー、女はここにきちゃいけないって言ったんだよね。最初にさ」「僕みたいに床に落とせばよかったのに」と騒ぎ出す豚達。
これはヤバい。ヤバい事になったぞ。
こういう感じに大勢に罵られる状態を一番喜ぶ奴がいる。
そう、俺の横に。
「ふふ…ふふふふ…」
ふらふらと前に進み出る妊婦。いや、メイリン。思いっきり感じてる。感じるぞ!コイツ!!
「なんだ妊婦!!出てくるな!」「妊婦は病院で寝てろ、っと」「あーあーあー、俺が最初に少なめにしとけって言ったのに調子に乗ってマシマシマシとか言っちゃってさ、店員も笑ってたよ。『マシマシマシなんてねーよwww』って感じでさ。マシマシまでしかありませんよ?」「その…産まれそうなの?地面には落とさないほうがいいと思うな」
「ふふふ…ふふふふふふふ…」
完全に目の瞳孔が開いてるメイリン。俗に言う「レイプ目」
そしてお腹を手で押さえて「うぅ〜」「うぅぅぅ!」と唸り始める。どうした?産まれるのか?
「ううううううげぇぇぇぇぇぇぇぇぉぉぉおおおおっぷぷっぶぶぶぶぶげぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぉぉぉおおおおおううう…」
メイリンはケイスケを含めて豚どもに向かって体内にある一郎ラーメンを全て吐きかけた。その様子はまさに溶岩を吹くドラゴンの如く、触れた物に絶望を与える『一郎ラーメン』という名前のゲロであった。
そのゲロを被った豚どもも、行列に並んでる豚どもも、一斉にゲロを吐き始めた。ゲロから生まれるコミュニケーション。ゲロニケーション。
ほぼ全員がゲロを吐いた。俺も吐いた。何故かまだ一郎ラーメンを食べてないケイスケも一郎ラーメンっぽいゲロを吐いた。
なんか吐いたらスッキリしたな。
何か食べて帰ろうっと…すき家にでもいくかな?
一郎ラーメンは…いいや。