48 ラーメン一郎伝説 5

「フゴッ」「ブヒッ」「ンガッ」
店内には豚特有の鼻声が響きわたっている。でも豚小屋じゃない。でも豚小屋にいるような気分になる。
これどうやって汁を飲むんだろ…。
俺はラーメンの入った皿を口に近づけようとしたが、もさもさとした野菜の山が顔に当たって汁を飲むことが出来ない。そうか、れんげを使うんだな。あったまいー!さすが俺。よしれんげをこうやって野菜の山の麓に突っ込んで…って入らないじゃん!どんだけ深いのこの野菜と豚肉の山。えっと、箸で野菜と豚肉をよけて…お?ようやくスープがお出ましだぞ、っと。れんげをスープに突っ込んでスープを少し味わう。ふむ、なるほど。これは濃い。濃い豚の味がする。ブヒヒヒ…。
しかしそれにしても野菜と豚肉が邪魔だなぁ。面倒くさいしどうせ床も汚いし、そのまま床に落としちゃってもいいよね。俺は野菜を箸とれんげで持ち上げるとそのまま床のドロップ。よし、これで少しは食べやすくなった。
もぐもぐ…。
もぐもぐ…。
いやぁ、牧草を食べてる牛になった気分だな〜。
その時だった。
「Oh…God…」
コーネリアが椅子を俺のほうに寄せてくる。
何かから避けているような感じだ。
コーネリアの向こう側には汗と油でギトギトのデブがラーメンを流し込んでいる。男はラーメンを身体に入れれば入れるほど皮膚の表面にテカテカとした油が浮いてくる体質なのかもしれない。みるみる男の白いTシャツが黄色に変色していく。特に脇の下とかが酷くてネチョネチョと変な音がして黄色の汁が糸を引いている。ズボンもどんどん湿っていってまるで小便を漏らしたかのように股の間がびしょびしょになっている。これは…なんて例えたらいいんだろう。ガマガエルが服着ちゃった的な感じ?
そしてそのデブが身体を激しく動かして一郎ラーメンの胃に流し込むと、それらの黄色の汁がビュッビュッ!と周囲に撒き散らされるのだ。それがコーネリアにも降りかかりそうな勢いなので彼女は椅子を俺のほうに寄せたみたいだ。
「ワッッツ…ザ…ファック…」
コーネリアの方を向いたデブはその恐れる顔に「大丈夫、怖くない」と言ってからニカァと気持ち悪い笑顔になる。コーネリアはあんぐりと口を開けたまま。
そのデブは、スッと立ち上がって
「ハァァァァァァァ…フンッヌッ!!」
と全身の筋肉を伸縮させる。と、その時、男の身体…の毛穴とかに蓄積されてた色々な体液がビュッと周囲に撒き散らされる。そして「ごちそう」(ビュッ)「さま」(ビュビュ!)「でしたァ!」(ビュビュビュ!)と続けざまに体中の体液という体液を周囲にまき散らした。
「オォゥゥゥ…マァァァイイィ…ゴォォォッドォ…!!」
モロに体液の襲撃を喰らったコーネリアが悲鳴をあげる。
しばらく俯いて動かないコーネリア。
そしてぴくぴくと肩を動かし始める。
笑ってる…。
コーネリアが笑ってる。
「Hehe…Hehehehe…」
やばい、やばいよ、コーネリアがオカシクなっちゃった。
俺はすぐさま席から立ち上がってコーネリアと距離を置く。しかし奴もすぐさま立ち上がってまるでモンゴル相撲よろしく油でギトギトになっている肌を露出しながら俺のほうを向いて「キミカァ…ウェェェルカムゥトゥ…ヘェェル…」と俺に襲いかかってくる。
逃げる俺。追うコーネリア。
二人は店内を走り回った。
「こらッ!!静かにしろ!!」
店員に怒鳴られてしぶしぶ席につく俺とコーネリア。
一方で、さっきから凄い勢いでラーメンタワーを崩していたメイリンにもようやく希望が見えてきたらしい。彼女の野菜タワーは根本まで崩れていて、いよいよラーメンの麺と汁とチャーシューにご対面する直前まできていた。しかし既にメイリンは妊婦のようにお腹がパンパンに膨らんでいる。
「ひぃひぃ、ふぅ。ひぃひぃ、ふぅ〜」
それはラマーズ呼吸法か?
呼吸するのも辛そうだ。
俺はメイリンのラーメンの入ったエサ皿を覗き込んでみた。野菜がある。これをどければラーメンと汁とチャーシューがあるのかと思うと胸が熱くなるね。俺は箸でメイリンのエサ皿の野菜をかき分けて希望の光を見せてあげようと思った。
「この奥に麺と汁とチャーシューがぁぁ…」
あれ?
野菜をかきわける。野菜。
野菜をかきわける。野菜。
野菜をかきわける。野菜。
野菜をかきわける。野菜。
野菜をかきわける。野菜。
かき分けてもかき分けても野菜しかない。
あぁ、エサ皿の底が見えた。
最後の最後まで野菜しかなかった。
その事実を知ったメイリンは白目を剥いてぶっ倒れた。