48 ラーメン一郎伝説 3

食券を買おうとしたところで躊躇う。
「うわ…キモ」
やっぱり自販機も油まみれ。
触ろうにも触れないでオタオタする俺。
さっきのデブが俺に向かって、
「なにやってんの?俺が買ってやろうか?」
とニヤニヤして言う。
「え、えっと、それじゃあ、この『普通』で」
俺は恐る恐るその普通、のボタンを指さす。
「いいの?普通でいいの?」
「え?普通だから普通ですよね?」
「いいだね〜(ぽち)」
なんだ?普通のサイズのラーメンが食べたいから普通って言ってんのにさ。ちなみに「普通」「小」「大」が並んでてその上に不器用な感じで紙が貼られてて「さらに量を増やしたい人は店員に注文してください(無料)」と書かれてある。
「無料?これ、無料か?」
「いや、ラーメンは有料だよ。ここに書いてある値段。量を増やすのは無料って意味」
「無料か!無料で量、増やせるのか!」
メイリンはキリリとした表情をわずかに崩して喜んでいるのが判る。そして「大」のボタンを勢い良くバチンと押す。手に油がついたみたいだが「無料」という響きにそんな事はお構いなしといった感じだ。
その後ろからさっきのデブが、
「おいおい…マジかよ。大丈夫か?ロット乱すんじゃねーぞ?食えるんだろうなぁ?ちなみにトッピングも無料だよ。にんにく、野菜、油、辛めがあって、それに量を指定する。増しで量が増えるよ。ブヒヒ…」と言っている。
「ふっ…食べ放題。いい響き」
ニヤリと笑うメイリン
コーネリアも俺と同じく自動販売機には触りたくないらしい。
デブがため息をついて、「ほら、どれが食べたいの?ディス・イズ・ノット・スパゲティ・オーケー?」とまるで馬鹿にしたように言うが、コーネリアはそういうのはもう聞いてる余裕がないらしい。自販機のラーメンで普通の奴を指さしてから、鼻をつまみながら財布から小銭を出すと、30センチぐらい上から小銭をデブの手に落とす。
デブは自販機から出てきた油まみれの食券(プラスティック製)を「はい、どうぞ」とコーネリアの手に、まるで彼女の手を包み込むように渡した。その時、背後から見ていた俺でも判るぐらいにコーネリアの全身の毛という毛が一瞬逆立つ。
「Oh…God…」
コーネリアの手が油だらけになってそれをどこで拭こうか探している。しかしキャミソールにハーフパンツのコーネリアはそれを拭けるようなスペースが服のどこにもない。
「ヘイ…キミカ…」
と俺にその手を見せるので、俺は素早くそれを避ける。
「ドント・タッチミー」
と俺は3メートルぐらい離れてからコーネリアに言う。
「ンノオオオォォォォォォォゥゥゥウウウ!」
叫んでる、叫んでる。
コーネリアは仕方なくメイリンが背中をみせているうちに彼女の履いてるスカートでそれを拭いた。
と、その時だ。
ガラッ、という音と共に、カウンターの客が全員立ち上がった。あまりにもタイミングがよかったのでこの人達は友達同士なのかな?なんて思ったがそうでもない。そして「ごちそうさま」とテカテカ油で光っている顔に満面の笑みを広げながらデブ達は去っていく。
「お、前ロットが終ったみたいだね…ブヒヒ」
と俺達の後ろからさっきのデブが言う。
どうやら「ロット」というのはカウンターに座っている人達の事でもあり、そこに出されているラーメンでもあるらしい。工場の機械が同時に処理出来る数を1バッチと呼んでいるのは知ってるけど、ロットっていうのはそういうモノに近いらしい。さっき長蛇の列に並んでたけどそれほど待ち時間が長くなかったのはみんなで一斉に食って一斉に席を立つから?
店員は誰もいなくなったカウンターの上を雑巾で吹いている。よく見るとカウンターの上には沢山の野菜やら麺やらが転がっていて、それを綺麗に拭き取るのかと思えばそうではなく、雑巾でパッパッパッパと床に落としている。
床も見てしまった…。
見るんじゃなかったと後悔。
そこに広がっていたのは豚小屋も真っ青の残飯の海。しかもなんかカウンターの椅子の下にラーメンと野菜と豚(チャーシュ?)が盛りつけられたそのままの形で落ちてるんだけど、これ、食ったのか?出されたモノを食わずに落としちゃった感がたっぷりあるんだけどさ。どうやったらこういう形で床に落ちるの…。