44 メモリー・パッチ 6

部屋の家具に縛られてメイの力とは思えない強い力で縄を振りほどこうと暴れている。そしてそれを心配そうに見ている寮長、そして神父さんが十字架をメイに掲げながら「悪魔よ立ち去れ!!」とか言っている。
寮長さんはメイが怖い人だと言ってたけどまさにそうだ。細い赤淵メガネで長い髪を頭の上で髪留めで括った年齢は40かそれぐらい、教育ママかPTAの会長のようなイメージもある、しかし結婚はしてそうにもない。その普段なら怖そうな感じの人がメイの迫力に押されている。
「寮長さん、メイは…」
「何者かがメイに取り付いているみたい…」
明らかにユウカやナノカ、ナツコとは違う。
「メイ!落ち着いて、あたしだよ?」
「駄目だ、彼女は今君を見ていない」
神父さんが制する。
「動物が入ってる?」
「うむ。呼びかけにも反応しないのはその為だ。どうやら動物の類の霊が入ってしまったようだ。さすがの私にもお手上げだよ…」
「どうすれば…」
っていうか、一体どこで動物に入られたんだよ。
「だが一つだけ手段があると言えばある」
「え?」
「動物は感情が主体で動くものだ。人の呼びかけには応じないが、感情を大きく揺さぶるような事をすれば『怖れて』逃げていく。つまり『怖れ』の感情を与える事が出来れば…」
「怖れの感情…」
「しかし普通の人間には無理だろう。普段から恐怖を側に置くものでなければ」
「普段から恐怖を側に…あ」
「ん?」
「寮長さんが叱れば出て行くんじゃないの?」
「うむ、それは先ほど試した。ダメだ。おそらくメイ自身は寮長を恐れているのだろうが、この動物はそうではないのだ」
「ふむ…」
俺は腕を組んで目を瞑って考えてみる。
恐怖を与える事が出来るか。
それは人が人に与える事が出来る理論的なものではなく、動物が恐れるような純粋な恐怖。本当に怖い人間は目を見ただけで動物はそれを感じ取って逃げていくという話はある。それをメイに与えることが出来るのならメイの中にいる何かも逃げ出す。
「やってみましょう」
と俺は言った。
「む?出来るのか?」「え?出来るの?」
神父さんと寮長さんが俺に言う。
「武の魂を持つ者には戦神が心に宿るといいます。私には武の心得があります。殺意を相手に向けるのは武の基本です」
俺はメイに向きあって一旦は目を瞑った。そして普段の戦闘の際にやるのと同じ様に(ただし殺意はメイでは無く、メイの中の何者かに向け)目を開き、メイを睨む。
俺の中にある闘気を…殺意をメイに向ける。
あれだけ唸っていたメイの動きが一瞬で止まる。
だが疑いがある。
まるでメイの中にいる動物が「その殺意は偽物だろ?俺を殺せるのか?なぁ?やってみろよ!」と疑念から挑発へと変わるような微妙な変化をメイの顔にわずかだけ表す。だが、俺の殺意はその変化が顔に現れるか現れないかの一瞬で最大限にメイに向けられた。
ブレードを引っこ抜いて(0.00012秒)メイの首元にその剣先を向け(0.00024秒)0.1ミリのところで寸止めする。だが、風圧だけでメイの髪がわずかに切れる。神父さんと寮長さんの「ヒッ」という小さな叫びが聞こえる。
「きゃぃぃぃいいいいんん!!」
メイが一吠えしたあと、メイから何者かが抜け、開いていた瞳孔が閉じて色を取り戻す目。よし、成功だ。
俺はブレードを鞘(武器リスト)に納めた。
その時のじゃきーん!という音でメイの視線が俺に合う。
「お、おねえさま!!」
メイの中にある色々な感情が溢れ出してきてなのか、俺を見るメイの目からは涙が溢れてきて、その後、首を伸ばして俺にキスしようとするが縄で縛られているのでそれは叶わず、「お、おねえさま!な、縄を解いてくださいまし」と言うので俺は再びブレードで縄をバラバラにぶった斬ると(0.0023秒)メイが俺に抱きついて、そのまま濃厚なキスをしてくる。
「ちょ、ちょっと、メィ、んむ…」
「ほねぇさむむん…ンちゅ」
俺はキスをされている間無意識に目を閉じる癖はあるけども、何かを背後に感じて半開きでそちらを見てみると、寮長が鬼の形相でメイを睨んでいる。…とりあえずその場に居ると厄介な事になりそうなのでメイを突き放す。涎が俺とメイの唇の間で糸を引いて、その後、俺はそそくさと撤退した。
今度は「人間」の叫び声が走り去る俺の背後から聞こえていた…。