44 メモリー・パッチ 2

廃病院の地下。
瀬戸内海へ飛び出る半島に作られた断崖絶壁にある廃病院の地下はどこからか海に通じる小さな穴でもあるのだろうか、磯の香りがそこら中に漂っている。ここが作られた当時はそうでもなかったのだろう。階段を降りた先には元々は白だったと思われるタイルが緑だか茶色だかに変色して、ボロボロと崩れているフロアが広がっている。手術室?
突然、耳の中にキーンと小さな、そして頭を支配するような音が響く。
「ッ…」
周囲が明るい。
電気がついてる。
いや、違う。
電気はついてない。何故なら俺のサーモグラフィに切り替えると温度は上がっていないからだ。だからこれは…記憶?この病院がまだ使われていた頃の記録なのか?さっきまでボロボロと崩れていた茶色だかの汚らしいタイルは綺麗に張り巡らされている。
目の前にある「手術室」と書かれたプレートが書かれた部屋の奥から声がする。音がする。
声は医者が看護婦と話をするような声だ。低く、落ち着いていて、一つ一つを丁寧に指示するように。そして看護婦の「はい」という小さな、そして正確な返答。その合間には機械の「ウィーン」という音や「ガリガリ」と何かを削る音、そして「ぴちゃぴちゃ」という湿った音が聞こえる。
俺が進み出ると扉は勝手に開き、目前には先程の医者らしき男の背中がある。周囲の看護婦も医者と同じ様な格好をしており、そこに時折黒い何かが飛び散ってはそのエプロンらしき服に染みを作っている。
この位置関係からすると、医者の前にいるのは…。
俺は歩み出て、何をしているのか確認する。
そこには患者…と思える何かが座っている。
その患者の頭はパックリと割れて、脳みそが丸裸にされている。そしてウィーンという音は患者の頭蓋骨に向かって電動ノコギリを押し当ててる音のようなのだ。案の定、切り終わった頭蓋骨をパカッと外すと、手術台の側にあるテーブルに置く。
これだけの手術をしていながら何故か患者は目が開いており、自らの頭蓋骨がテーブルに置かれている様を目玉がギョロギョロと見ているのだ。
MPUを切断します」
医者は淡々とそう言い放つと、チカチカと先端が光っている道具を患者の脳の奥へと突っ込んだ。それから「チチチチチチチチ」という音が発せられた後、今度は医者の手が患者の脳の奥へと突っ込まれて、何かを取り出した。黒いプラスティック上の3センチぐらいの大きさの何か。
「タンパク質が絡まっているな…これが原因か」
医者は初めてそこで感情的なニュアンスを含めながら言葉を吐いた。
「これはダメだな…処分しよう」
冷たく言い放つと、看護婦は「はい」と答えて、今度はメスを患者の脳へと突っ込んでいく。少し不器用にそれを動かすと「ブチブチ」という音と共に患者の目は上方向へとどんどん上がっていき、最後は真っ白の目になって口から泡を吹いた。
この不気味な光景はこの手術室で行われてきた事なのだろうか。
俺がそれを認識したと同時に手術室は現在の手術室へと変わった。あの吐き気がするような磯の香りとジメジメとした湿度、それからどこからか吹いてくる冷たい風、荒れた壁と汚らしいタイルが並んだフロアだ。
手術台があった場所は、まるでそこで手術を行った後になんら清掃もしなかったかのように真っ黒の液体らしきものが患者が座る椅子に染み付いている。それからテーブルの上に無造作に並べられている道具類も、苔やよくわからない液体に覆われている。
ここが壁に隠された地下室だとして、これらの道具を片付ける暇もなく封鎖したことになる。
という事は…。
俺がもしやと思ったのは、この場所にはまだ死体があるのではないかという事だ。手術道具が片付けられてないという事は、あのビジョンの中で見た患者の遺体もまだあるかもしれないという事。
部屋の隅から隅へと視線を送る。
そして、先程から冷たい風が吹いてきた方向へ視線が止まる。
その先は真っ暗闇で見えない。
光学スキャンで見てみる。
目の前にあるのは流し台のようなもの。それも結構な大きさの。その中に何か、明らかに動物の骨らしきものが沢山転がっている。その一つは人為的な切断面が残っている頭蓋骨だった。それも2つ3つある。
やはり。
ここに遺棄したのだ。
この病院に所属した人間は何らかの実験を行っていた。精神病患者で家族からも社会からも隔絶された人間をモルモットにして。あのビジョンに何らかの意思が含まれているとしたら、伝えたかったのは、俺が受け取った情報から得られた感想から推測するとそうなるのだ。