44 メモリー・パッチ 1

事は急を要する。
というわけで俺はドロイドバスターへと変身して廃病院へと向った。ところで何故廃病院かって?それは最初に俺達が廃病院へ行ったとき、そこで複数の人間が自殺していたからだ。彼らはナノカとナツコが道順を知っていて無意識に向かうところと言えば廃病院しかない。
空から見たら廃病院へ向かうのは全然難ではなかった。
一直線に瀬戸内海側へと飛んだら下の方に港が見えてきて、離れ小島のような半島部分に一つだけ周囲を草木に囲まれた黒い建物が見える。屋上も屋上で酷く荒れていて草などが生えている。俺は正面玄関へと着地してそのまま病院内へと入っていく。
昨日俺が打っ壊した自動ドアの破片が転がっている。
そこを跨ごうとした瞬間、俺の背筋に寒気が襲った。
俺には無効じゃないのか?
幽霊が俺の身体に侵入しようとしてるのか?
もう一度落ち着いて考えてみる。
確かに寒気がある。それは肌寒さというよりも身体の芯から冷える感じだ。ちょうど風邪をひきはじめに味わうようなゾクゾクとする感覚。そして風邪の時と同様にその感覚は明らかに身体からエネルギーを奪っていく。
また足を進める。
どんどん寒くなる。
「くそッ…」
昨日、みんなでここに来た時とは比べ物にならないぐらいだ。建物全体からのプレッシャーという奴なのだろうか。この待合室のフロア全体が狭く感じて、そして圧迫感が伝わってくる。
気配…?
何かの気配だ。
俺はドロイドバスターに変身した後は普通の人間よりも感覚が鋭くなっている。気配を感じたとして、その正体がなんなのかもある程度は予測できる。一度でもあった事のある人間、動物なら尚更。だが、その気配は今まで出会った様々な人、動物、植物、物体、そのどれともマッチしない。明らかに異質な何かだ。
「え?」
目の前の景色が歪んでくる。
頭の中を覗かれてるのか?
「誰…?」
俺の目の前には白衣を来た男が立っている。
口にはマスクをして、目玉は刳り抜かれたかのように真っ黒で、手術室へと向かう途中の医者のような独特のコスチュームをまとっている。そこには血のような体液のような、とにかく汚らしい液体がこびりついている。生々しくないから随分前にこびりついたままで放置していたような感じである。
その男が俺の目の前に立っていて、こちらを見ているのだ。
待て。
落ち着け。
心を乱すな。
心の乱れは身体の乱れ。
乱れた身体は不幸な結果を招く。
決して流されるな。流れを感じて、流れを知り、流れを理解して、流れを利用する。心眼道の極意を思い出せ。
俺は目の前に『敵』が立っているにも係らわず目を瞑った。
頭の中に何かが流れこんでくる感覚だ。
再び目を開ける。
男はまだ目の前にいる。
しかしこれが本当に目の前にいるのか、それはわからない。目とは光の反射によって得られたものを目の中にある神経組織に当てて、そこから神経伝達が行われて脳へと投影さえっる。つまり、例え目に光が入らなくても、何らかの方法で神経組織に反応物質が当たるか、または途中の神経回路に直接生体電流が流れるか、それとも、頭の中に直接情報がインプットされるか、そのどれかによって見えたことになる。
だから、見えたからといってそこに存在するとは限らない。
俺はキミカの特殊能力の一つである、光学スキャンを使って現在使用可能な2つのモードで前面の状態を観察した。光学スキャンでは目の前には建物しか存在しない。サーモグラフィスキャンでは周囲よりも温度が下がっていて、確かに目の前のある空間だけ温度が低いという事だけはわかる。つまり、目の前には何も存在しない。
俺がゆっくりと歩いて男に近づいていく。
すると、男のほうも振り返って俺と平行に歩いていく。そのまま男は廊下を進んでいく。この先には突き当たりがあるだけだ。
突き当たり…?
奇妙だ。
俺達が昨日、廃病院へ来たときは診察室らしき場所に来てそこで死体を見つけて帰ったわけだが、廊下のずっと先に何かがあるのだと思っていた。だが、今は光が様々な場所から差し込んでいるからわかるのだが、この廊下はずっと先は行き止まりになっている。ただ、本来なら何かがありそうなところが行き止まりになっているので俺は奇妙だと感じたのだ。
男はそのまま診察室を通りすぎて、どんどんその行き止まりに向かっていく。
そして、行き止まりの先へと吸い込まれるように消えた。
行き止まり…なのか?
再び光学スキャンを掛ける。
建物を通過させる。
骨組みが現れて、そして奥が透けて見える…階段?
この行き止まりの先に階段があるぞ?
俺はブレードを引っ張り抜くと目の前の行き止まりを切り抜いた。
ボロボロとコンクリートが崩壊して目の前の壁の崩れた向こうには階下へと降りる階段が隠されていた。