43 ミッシング・ニューラルリンク 4

結局、登校中に俺がナツコに話し掛けるも全部無視された。
無視っていうより、聞こえてないっていうのが正しいのかもしれない。
ナツコはボサボサの黒い髪を前にも後ろにも垂らしててその状態で前は見えないはずなのに、ちゃんと歩いている。
俺は途中で障害物があるとどうなるのか試しにナツコの目の前に突然止めてあった自転車が回転しながら停止するとどうなるのか、グラビティコントロールを使ってやってみたけどナツコは回転する自転車の手前で停止した。避けて通るわけでもなく、ただ止まっている。普通、自転車が目の前で回転していたらそれはポルターガイスト現象なのかとか、テレキネシスにより誰かが浮かしているのではないかとか、自転車もそれなりに重量があるので惑星として機能し始めたのではないかとか考えるものだが、ナツコの目の前で回転する自転車が作り出す風でナツコの髪をバサバサとなびかせるだけだった。
その時顔が見えたのだが、明らかに瞳孔が開いてた。
そして学校へと到着する。
ナノカは休みなのか…。
ユウカは来ている。
ユウカはそわそわと周囲を見ながら焦っている。髪は寝ぐせがついたままで、目の下にくまが出来ていた。あまりにそわそわしているのでヤクでもやってるんじゃないかと思って周囲の人間も心配しているようだ。
「どしたの?ヤクが切れたの?」
と俺が軽くジョークを言ってみるも、
「え?ええ」
とまるで人の話を聞いていない。
っていうか本当にヤクが切れたのだろうか。
確かに日頃非常に挑戦的ではあるからあれはヤクの成せる技だったのかもしれないが、それにしてもヤクをやっていたにしては人間的な性能が低すぎる。ヤクをやっていたのならもう少し俺に勝てるぐらいのユーモアがあってもいいだろうに。例えばヤクをやっていたのかと聞かれたら「え?なに?ヤク?売ってくれるの?」とか「ここはどこわたしはだれあなたはわたしじゃないわよね?」とか…。
「き、キミカ」
明らかに異常だな…ぶるぶると唇を震わせながらユウカは俺を見て、
「あなたには見えないの?」
と言った。
「見えるって何が?まさか本当にヤクが切れたの?」
本当にヤク中患者っぽい。いや、ヤク中患者の真似?それにしても真似が旨いな。こりゃオスカー主演女優賞も狙えるかもしれないぞ。「ヤクが切れた女」…いや「ヤク不足」とかで。
「え?ヤク?そうじゃないわよ、だから、」
何か言い掛けたとき、
「はーい!お喋りはそこまでにゃん!全員手を上げろですにぃ」
とか言いながら担任のケイスケが入ってくる。
ホームルームの時間だ。
俺は席につく。
ケイスケは名簿と机を見ながら、
「ん?今日は菅原は休みですかにゃん?」
と聞く。
ナノカから話を聞いている人はいないっぽい。唯一聞いているとすればユウカだが…。
「早見ビッチさん、菅原ペチャパイさんは病気か何かですかぉ?」
普通、ここで「私は早見ビッチではありません。早見『裕香』です。それからビッチではありません」というユウカの普段からのツッコミが入るんだろうが、やっぱりさっきから変だ。まるで今の話を聞いてなかったかのように、
「え?」
とか言ってる。
ケイスケはそれを聞いてずっこけるようなジェスチャーをして教壇をひっくり返りそうになるのを止めてから、
「いやだから…ビッチさん、ペチャパイさんは今日はペチャパイなのですかぉ?」
と再び聞き返す。っていうか、もう意味わからんよ、その質問。今日はペチャパイですかって日によって胸がデカパイになったりペチャパイになったりするのか。
「いえ…」
再びケイスケはずっこけるようなジェスチャーをするが、「まぁいいですぉ。今日は菅原さんは家で豊胸トレーニング中…っと」とか言いながら出席簿に何か打ち込んでいる。それから、「ん?」と言ってユウカに近づくケイスケ。そのままユウカの机の前に立って、マジマジとユウカの顔を見ている。普段のユウカならそこで「先生…なんですか?邪魔」とか言いそうなのだが、そわそわと周囲を見回す挙動不審なユウカの姿がそこにあるだけだ。
「んんんん???」
とケイスケは今度は腰を低くしてユウカの顔を覗き込んだ後、ガシッと両手で顔を掴んでキョロキョロしているユウカの頭を固定させる。それでもユウカはまだ目玉をキョロキョロと動かしている。
「どしたの先生?」とか言いながら俺も含めてクラスメートがユウカの周りに集まってくる。
ケイスケは人差し指をユウカの目の前に移動させる。そしてそれを顔の前で動かしてみせるが、これって、意識がある人を確認する方法…だよな…?しかしユウカの目はケイスケの人差し指とは全然違う動きをする。
「どうしたの?」「なんか変だよね」「ユウカ大丈夫?」「先生、早見さんどうしちゃったの?」という感じにどんどんクラスメートの不安な声が上がる。
「んんん…」
ケイスケは唸る。それから、ガシッとユウカのおっぱいを両手で掴んで上に押し上げる。
俺は思わずケイスケの頭をペシンと叩いて「なんでやねん」とつっこんだ。