42 音無・春の余興祭り 5

「この先が診察室ですわ」
ナツコの案内した部屋の前には12診察室と書かれてある札がある。
「ん…」
と、先を歩いていたナツコは部屋の前で手で口を塞ぐ。
そしてゆっくりと後ずさる。
何があったのかとみんなナツコのほうへと意識を集中させる。後ずさるナツコの足元からネチャ…と何かの音が聞こえる。こんな乾燥しきった廃病院では発せられることなどないであろう湿った音だ。だから一同は床を見る。見ると、ナツコが履いているパンプスのつま先の部分が地面と離れるときに、粘っこい何かの物体が糸を引いたのである。
「なんですの…臭い…」
「ほ、ホントだ!何?くっさーい!」
ナツコとナノカが扉から離れる。
「うぐぐ…何の匂いですのぉ…」
鼻をつまむメイ。
「この奥なんでしょ?」
と、ユウカがナツコに聞く。
「そのはずですわ…ちょっとドアを…あれ?」
鼻をつまみながらナツコが診察室のドアを押して開けようとするも、開かない。鍵が掛かってるという感じではなく、少しだけ開いてから何かに突っかかっているようでもある。
「誰かがまたいたずらをしてるんですわ…ドアの奥に何かを置いて開かないようにして…」
実はここに来るまで、廊下の途中に椅子を積み重ねたりなどしてバリケードのようなものを作ろうとした形跡もあった。病院に入るまでの間はこの廃病院は頻繁に人が出入りするような雰囲気はなかったのだが、中に入ってから、随分と荒らされていることに気づいた。やはり街の不良どもはここに集まっては何かしているらしい。
「ちょっとわたくしだけではパワーが足りませんわ」
と、俺に助けを求めるような風だったので、俺もナツコと一緒にドアを押すことにした。か弱い俺は人間の持てる力で押す事は難しいのでグラビティコントロールを用いて押してあげた。確かに何か重いものがドアの上のほうにある感じだ。無駄な事を…このキミカ様を前にしてそのような妨害工作は無意味だという事を知らしめてあげよう。馬鹿な輩め。
俺は精一杯前面にグラビティコントロールを出してドアを押した。
すると…。
「ベリベリ」という不気味な音を立てながらドアが開いて、しばらくしてからドアの向こう側で「ドサッ」と地面に何かが転げるような音がした。
え?
その時だ…。
開けたドアの天井の当たりからどす黒い塊が…それも結構な大きさのものがブランッ、と俺とナツコよりも上のようにある。
「ひ…ひひひ…ひっぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
「うわわわわわ!!!わわわわわわ!!!!!」
俺達は思い思いの叫び声を思う存分に張り上げながら病院の廊下を今までにこれだけの体力が残っていたのかっていうほど凄いスピードで走って逃げていった。
そこには、真っ黒に変色した人の生首が垂れ下がっていた…。