42 音無・春の余興祭り 4

廊下にぽつぽつと明かりが複数現れる。
それが俺達の照らす電灯の光だった。
潮風が入ってくるからか、どこも磯の独特の香りがしている。そして時々、カサカサとカニなのかフナムシなのかわからない何かが動いている。最初こそそういう小さな動くものに毎回礼儀正しく叫び声を上げていたユウカだったが、慣れてきたのだろうか「ほんと、気持ち悪いわねー」などと言い始めていた。本当に怖い時は叫び声しかあげないだろうからある意味進展があったのでよしとしようか。
最初のフロアは待合室。
広いフロアには長椅子がいくつもあって、それらは事務処理の状況を把握できるホログラム発生装置に向かって並んでいる。おそらく昔は多くの患者がここで呼び出しを待っていたり、会計を待っていたりしたんだろうと思う。
部屋の隅にあるブックシェルフにはパンフレットがいくつも刺さっていた。殆ど風化してしまっているが、軽じて残っているものにはちょっと変わった絵が書かれており、薬の名前がタイトルになっている。どうやらこのパンフレットは精神病患者向けの薬についてのものらしい。
それらを俺達が物色していると、
「カサッ」
物音がした。
この物音を今まで聞いたことのある音の中から最も似ているものを検索して出た結果、一番近い音は「スリッパがタイルにこすれる時の音」
ちなみに俺達は土足でこの病院に来ているからこんな音は出せない。そしてここが廃病院である事からも、このスリッパの音が一番違和感があるのだ。
人とは本当に戦慄を味わったときは声が出なくなるものらしい。
さっきまで売れないアイドルが久しぶりに出演したロケで一人カメラを持たされて廃病院に行く時、きゃきゃー叫んで自分をアピールするような感が漂いまくっていい加減ウザかったユウカが顔をひきつらせて音のした方向をじっと見つめている。他のメンバーも同じく。だが、そこにはスリッパ音に近いものを出す何かは存在しないし、もちろん、誰かがいるわけでもない。
「(ごくり)」
一同は一斉に生唾を飲み込んだ。
メイがナツコに言う。
「ひ、一つ聞いてもよろしいかしら?」
「はい、なんでしょう…?」
「この病院が昔どういう場所だったのかはわかりましたわ…。今は、どうなのでしょう?心霊スポットになってからの曰くというのはどういうものがあるのかしら…?」
「それは…説明していませんでしたわね」
「はい…」
「実は心霊スポットとして認知されたのは最近で、それまではただの気味悪い建物という扱いをされていましたの。市内にある精神病院に入院していた患者が突如失踪、そして衰弱死という形で発見されたのがこの病院ですわ。一部のオカルトマニア達はその興味深いニュースからこの病院の過去を探り当てて県内随一のオカルトスポットの座を手に入れたた…というのが事のいきさつですわ」
さすがのナノカとメイもこの話を聞いてから固まる。
すかさずユウカも言う。
「ちょっと待ってよ…人が死んでるの?それは都市伝説じゃなくて?」
「そうですわ」
「むりむりむり!そんなのむり!帰ろうよ!人が死んでるんだよ?」
またはじまった。帰ろうコールが。
「人はいつかは死ぬ」
と俺がフォロー。
「そんな哲学的な話じゃないのよ!人が死んでるってわかっててそこで面白おかしく肝試しをするってさ、死んでる人から見たらすっごく失礼な事に当たるのよ?絶対に呪われるって!!」
「よーし、次行ってみよ〜!」
ナノカが全然自分のペースである。
ナノカはそのまま振り返って診察室への廊下を突き進む。
「ちょっ、ナノカ、いい加減にしなさいよ」
などと言いながらもしぶしぶ付いてくるユウカ。
「その衰弱死した人が見つかったところを見てみようよ?」
「それは診察室ですわ」
「よーし!いこー!」
その時。
確かに何か見えた気がした。
俺もそうだし、メイとナツコも同じだったはずだ。髪の毛が逆立ったのが一瞬分かったから。ナノカには見えてないっぽく、そしてユウカは俯いていたからか見てないっぽい。「診察室ですわ」というナツコの返答の時、診察室の前を横切って、そのまま診察室へと入る影が見えたのだ。
俺の場合は通常の人間よりも動体視力が鋭い為その「影」がスローモーションで見えた。見たくないものだったが神経を集中させるとどうしてもスローで見えてしまう。
その影は、頭が無かった。