42 音無・春の余興祭り 2

ナツコが案内した心霊スポット、そこは瀬戸内海の沿岸にあるとある港から少し離れた場所にある建物だった。
生まれてからずっとそこにあった建物というのは背景に馴染んでしまっていつのまにかそれが何なのかという疑問すらも持たなくなってしまう。ちょうどりんごが木から落ちるのは当たり前であるように、そこに存在する事はわかっていても、何故そこに存在する事までもは殆どの人は気にかけない。
この心霊スポットを紹介したナツコも元々は俺と同じく、そういう思いでこの建物を見ていたのだろう。
「今は跡形もありませんけれども、以前病院だったところですわ。わたくしも言われるまで気付きませんでしたの」
とナツコが紹介する。
病院、と言われても何かしらの看板があるわけでもなく、学校にも見えるし、ホテルにも見えれば、市役所にも見える。ただ、薄暗くなり始めた瀬戸内海の黒い海の色と、その中からぬっと現れたような廃病院は改めて見てみると暗闇のなかでこそ、その存在を誇示しているようだった。
あたりは昼間の春の嵐のような強い風と同じものが吹き荒れていた。しかし昼間に比べると周囲が暗いだけだが風はとても冷たく感じた。
半島のように出っ張った地形の上に立てられている病院。周囲は波の侵食によって削られていつしか病院ごと海に引き摺り込みそうでもある。そして一つだけ違和感があるとすれば、その病院は出入口となる箇所が一つしかない。つまり、半島と陸を繋ぐ正面玄関以外は、断崖絶壁。ちょっと病室から離れて散歩でもしようものなら足を滑らせて瀬戸内海へと真っ逆さま。もちろん、下が海ならまだ生きる確率も上がるけど、岩と石がゴロゴロとしているそこは、落下したものに確実に死という名の報復を与える場所だった。
「あ、そうだそうだ!入る前にさ、この心霊スポットがなんで心霊スポットって呼ばれてるのかっていう話をしてよ!」
相変わらずナノカは空気が読めてない。
今この状況でそんな話をしようものなら、
「わかりましたわ」
するのかよ!
「やめて!!聞きたくない!」
意外な人からストップがかかった。
ユウカだ。
「怖い怖い、ほんと怖いからやめて!」
なんかリアクションが売れないアイドルが久々にテレビに出てきてスタッフがなるべく怖がってくださいって言われて無理やり怖がってる時みたいなのになってる。すっげぇうざい。
「怖くなきゃ心霊スポットじゃないじゃん!どんどん怖がらせてよ!」
と俺もナノカに続いて空気をぶち壊そうと頑張る。
ユウカは俺の顔を見て「あんただけは私の味方だと思ってたのに」とでも言いたそうな顔で見てくる。いや、そんなに怖がらなくても…。
「こほん、では簡潔に話します」
そして簡潔に、正確に、ナツコがこの場所の曰くを話す。
この病院が建てられた時からこの場所は半島のような形をしておりその形状から「隔離病棟」として扱われていた。隔離病棟というと感染率が高い病気で不治の病などの患者が収容されると思われがちなんだけども、現代医学ではまずそのような病気は少なく、では何を隔離するかと言うと「心の病」を抱えた人を収容するところだったらしい。なるほど確かに脱走しようものなら海の藻屑にしてしまうまるで「アルカトラズ刑務所」を思わせる断崖の病院ならではの曰くだ。
そして心の病を持った患者の中には幽霊に憑かれた人も居た。この病院で過去、その「幽霊に憑かれた患者」が何人もおり、それはまるで院内感染のように広がっていき、ついには病院内で患者や看護婦、医者を交えて殺し合いを始めた為に全員警察によって射殺されたとの…都市伝説である。
さてと、これを聞いたユウカの反応はというと、
「あーあーあー。聞こえてなーい!聞こえませんよー」
とさっきから幼稚にも耳を指でふさいで聞こえないようにしているのはユウカだけである。ほんと…胸はデカイくせにキモッ玉が小さいなぁ…。
「あ゛ぁ゛?」
「おっとっと」
「誰が胸がデカぃくせにキモッ玉が」
「さ、いこーいこー!」(と、ユウカの手を引っ張り中へ進もうとする)
「え、ちょッ!待って!待ってよ!!」