41 妄想の証明 6

夕暮れ時だった。
春の夕方の涼し気な風が戦車の上にいる俺と武井にも吹いてくる。
警察の車両なども博物館の周囲に集まりはじめた。
「事件は解決?」
俺はそう聞いてみる。
武井は俯いたままだった。
「何がしたかったんだろう…」
そしてそう、ぽつりと呟いた。
突然思い立って、制止を降りきってあの施設から遠く離れたこの場所まで来て、見たかった事、知りたかった事、感じたかった事。戦車のAIを人間の心に例えたとしたら、俺には違法ダウンロードされたあのエッチゲームの主人公と気持ちがリンクしていたとしか思えなかった。
そしてそれが正しい結末かどうかと問われれば…。
「じゃあさ、何がしたいの?」
「え?」
武井はこの戦車の開発者だ。
武井はこの戦車の父親なんだ。
父親は子をこの世に送り出すとき、一体どういう思いで送りだそうとするのだろうか。…そう、ふと思ったのだ。
この世は残酷でかくも地獄の如き世界で、その苦痛は甘ったれた根性を叩きのめす為にこそ存在し、そして安らかなる死という眠りが結末であると、その真実を教える為に送り出すのか。
それとも…。
「キミがもし戦車のAIだったら、どういうストーリーを望んでたの?何を望んでここにきたの?」
「僕だったら…」
「変えてみなよ。ストーリーを」
「えぇ?!」
「戦車を作ったんでしょ?戦車のAIも設計してたんでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
「一生女に縁がなさそうな顔してるじゃん、キミ」
「うッ…」
「だったら、なおさらわかるよね。辛さとかさ」
それとも、この世は残酷でかくも地獄の如き世界だが、誰しもが幸せになりたいために生まれてきていて、そして、例えそれが叶わぬ夢であったとしても、心に幸せを思い浮かべ得られる架空の幸せを手に入れよと、送り出すのか。
「そうだな…」
武井は外そうとしていたコードの類を再び戦車のAIへと接続し始める。そして、「例え現実でなくても、幸せになりたい…。どんな奴だってそうだ。だから僕は、」そう言いながら、閉じていたノートを再び開いて電源を入れた。そして「だから僕はエッチゲームをしたんだ。現実では幸せになれないかもしれないから、ほんの少しでも、例え嘘でも、幸せを味わう為に」そして、カタカタとキーボードを押す音が聞こえる。
警察が取り囲むが、俺がそれを制す。
『まだだよ。まだ終わってない』
『え?そうなの?』
通信先はミサカさんだ。そしてそのミサカさんの命令を受けた警察官たちは銃を締まって戦車の周囲から離れる。
「飛影…お前に見せてやるよ。本当のハッピーエンドを」
それからしばらく、キーを打つ音が聞こえた。
結局その後、所長もやってきて、武井に話しかけようと…いや、怒鳴りつけようと凄い剣幕だったが、ハラマキがそれを止める。
警察や俺達が見守る中、小一時間武井はノートの前で格闘してた。そして、それを静かに閉じた。
戦車はさっきと同じく、ずっと動かなかった。
「終ったの?」
「うん」
「…変えれた?」
「うん…」
「そっか」
武井は夕日に照らされた戦車を、飛影と呼ばれている戦車を見つめながら言った。
「飛影、本当のハッピーエンドはお前の中にだけある」