37 ◯◯がやってくる! 6

黒服にサングラスの男達が家に入ってくるのがリビングから見える。
ケイスケとナツコは何か言っているのか、でも声が小さくてわからない。
暫くすると廊下の方に黒服にサングラスの男達の陰が見える。それに続いてケイスケとナツコの『お父様』らしき人影がある。和服姿のように見える。
そいつが部屋に入ってくるタイミングに合わせて、俺は床に三つ指を立てて頭を下げて、
「いらっしゃいませ…」
と言う。
「ほほぅ、ケイスケ、この方は?」
ドスの聞いた声が響く。俺はお辞儀している状態なので顔は見えないが、雰囲気だけでも十分な貫禄というのがあるな。色々な人に慕われているというのがよく判る。
とりあえず自己紹介をと、俺は
「ケイスケの妻の紀美香です」
と言った。その瞬間にナツコとケイスケが小声で叫ぶ。
「「フィアンセ!フィアンセ!」」
あぁ、そうだった。
「フィアンセの紀美香です」と訂正する。
とりあえず、ちゃんと和の心を持った風に思われてるのだろうかな、何も文句は言われないな。
「ほう、ケイスケよ、貴様も落ち着く時が来たか」
と、ここで俺は始めて頭を上げる。
背は低い。白髪で長い顎髭を生やし、それでいながらも優しそうな老人という感じではなく、常に周囲に緊迫した雰囲気を作り出しているような感じ。俺がイメージしていたヤクザの組長やマフィアのボスとはちょっと違う。しいていうのなら、誰かに復習したいと思っているが武道の心得が無くて困っている人に、人の殺し方などを身体で覚えさせる師範みたいなイメージだ。ということは、このご老人が手に持っている杖の様なものが仕込み刀か。
「噂では貴様は色々な女性に対して『あれは俺の嫁』などと宣言して歩いているそうではないか。なんでも3次元の世界には嫁は居ないなどと世迷言を言い、」
「そそそそそそそそそそれは悪い噂ですぉ!噂!」
俺とケイスケ、ナツコ、そしてその父上の4人がリビングに用意されている家庭的なテーブルの周囲に集まり、話をするという形式である。そしてその周囲には黒服サングラスの部下?達が囲む。
とりあえず俺の戦略として「下手に話すとボロが出る」だ。さっきみたいにまだ結婚もしてないのに妻ですとか言って、リアルにケイスケとナツコの額から汗が噴き出る様子を眺めるのはちょっと抵抗がある。だから黙って目を瞑り、3人の話を聞いていた。
「ケイスケ、仕事のほうはどうだ?」
仕事?学校の先生の事かな?
「だだだだ、大丈夫ですぉ、ちゃんと仕事してますぉ」
「そういう意味ではない」
「あぁぁぁぁ!えーと、えぇーっと…。お国の為に開発に勤しんでいますぉ!」
「そうか。貴様も幼き頃、漫画家になるだとかアニメーターになるだとか、世迷言を言っていたな」
漫画家…アニメーター…今でもなりたいって思ってそうな職業じゃないか。
「そそそ、そんな昔の話をフィアンセの前でしないで欲しいにゃん。今はお国の為に頑張っていますぉ!」
「たしかあのキチガイの…。誰だったかな、今は南軍の総司令官となっておる、アレだ」
南軍の総司令官?マダオ
「名をなんて言ったか、マダオか」
「光莉ゲンドウですぉ…」
「ああ、そうだったな。あの阿呆だ。貴様があの阿呆とつるんで色々と悪さをしているという話も聞いておった」
幼なじみだったのか…。悪さ?
「そ、そんな昔の話」
「抱き枕を買ったり漫画本を買ったりコミケなんぞに足を運んだり、いい大人がお人形さんで遊んだりと、貴様の教育に影響がでるのであのマダオという輩を斬り殺そうと何度思ったことか。ついでに貴様も斬り殺して我が家に汚名を残さんようにしようと思ったことか。しかしそんな貴様も今はこのような立派なおなごを嫁に向かえるとはな」
「お、お父様、昔の話をするのは年寄りの悪い癖ですぉ…フィアンセの居る前で…」
っていうか、昔と変わってねぇじゃん!
今も抱き枕もってますよ、そのデブ!
「時に、ナツコよ」
「は、はい」
「学業のほうはどうだ?」
「は、はい、お国の為に頑張って学んでいるところですわ」
と和服姿のナツコはキリリと背を伸ばして父親の問いに答えた。
「貴様も随分と母親に似てきたな。和服姿は生前の岐陽にそっくりだ」
岐陽っていうのが母親の名前らしい。そして今は亡き人か。
「は、はい」
「貴様も幼き頃は、バッタを仮面ライダーに改造するだとか言って手足をバラバラに切り落としたり、芋虫に爪楊枝を差して団子だと言って母親に食わせようとしたり、」
「お、お父様、お兄様のフィアンセもいらっしゃるのに、恥ずかしいですわ」
いや、恥ずかしいとかそういう次元じゃねーから!!
ドン引きだから!!!
「三味線を作ると言って近所の朝鮮人の家に忍びこんでペットの犬を殺そうとした時は、さすがのワシも焦ったぞ。三味線の素材は犬ではない。猫だ。あの時は食用としてとっておいた犬を食べようとしたなどと朝鮮人に言いがかりをつけられて、危うく全員ワシが斬り殺すハメになるところだったぞ」
おいおいおい!!
ツッコミどころが多すぎて手も足もでねぇよ!!!