37 ◯◯がやってくる! 5

昔の人はこれを一人で着ていたんだよな、凄いな。などと俺は思いながら、ナツコに手伝ってもらって和服姿へと着替えることとなった。
「さすがはお兄様、キミカさんのボディはこの世で実現不可能なほどの完璧さがありますわね。これほどスタイルがパーフェクトですと和服を着ていても腰のくびれが表現されそうですわ…」
とナツコ。
俺は縦掛け鏡の前で自らの姿を見ながら戦闘中に見せるようなキリリとした表情になってみる。
なるほど。
和服を着ると心が引き締まるな。これが日本人の遺伝子の中に備わっている大和魂という奴なのか。
ナツコに貸してもらった和服はキミカのイメージカラーである黒に合うような、漆黒。その中に綺麗な赤の彼岸花が咲いている。
「アレにはしないの?えーっと…」
「アレ?」
「ほら、ちょんまげ?」
「女にちょんまげはありませんわ…『髪を結う』という事ですの?」
「そうそう、それ」
「申し訳ございませんわ…わたくしにはその技術はありませんわ。でもお父様は別にそこまで気にしないと思いますわ。時代劇も見ませんもの」
「時代劇見ないのに…和に拘るなんて」
「あぁ、テレビそのものを見ませんの」
「あーそうですか…」
さて。
俺は着替えてから一階でいつものように自堕落な姿勢で自堕落なテレビ番組を自堕落に見ていた。ケイスケとナツコが部屋の片付けが終わるまでの小一時間。
すると、表の道路のほうがなにやら騒がしくなってきた。
黒の車が複数台停まり、ドアを開く音、閉じる音が複数。
その様子を俺が見るに、どう考えてもマフィアのボスが裏切り者の野郎を殺す為にこれから戦闘体勢になるという風だった。いや、暴力団の幹部達が新入りの為にと同じ盃を交わす行事へと集まるところか。きっと周囲の住民もそんな風に思うだろう。
ん?
2階から悲鳴が。
この声はケイスケ…とナツコか。
暫くすると二人は大急ぎで階段を降りてきて、
「お父ちゃんが来たぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁァ!!」「お、お、お、おお父様が…ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」とか叫ぶ。
「き、き、き、キミカちゃんは、こここ、ここにいてくだしあ」
「う、うん」
ピリピリと緊張が伝わってくる。
完璧に演じねば。俺はケイスケのフィアンセ、俺はケイスケのフィアンセ、俺はケイスケのフィアンセ。和風の女、和風の女、和風の女、和風の女…。なんでこんなことしてるんだろ…。