32 あの日の青い空の下で 3

再びにぃぁの攻撃が俺の回復しかけたバリアーを破壊した。
奴のスピードはどんどん速くなる。
まるで素人のスポーツ選手に玄人のスポーツ選手が相手をするように、素人に合わせてどんどん力を上げていく。最初は勝てていた素人は、その差を見せつけられてどんどん凹んで行くんだ。自分が強かったのは相手が自分に合わせて弱くしていてくれたからだって。
気づけばバリアーの切れた俺の足は切断されて空へと跳ね上がった。
ギリギリで俺はそれをグラビティコントロールの影響範囲内で捉えて、自分の足を復旧させた。もうこういった痛みにも慣れてしまった。けれども、奴に押されて俺は負けそうになっている、っていう恐怖のようなものは相変わらず俺の胸のあたりをキリキリと突き刺してくる。
いつからだろうか。
やっぱりあの時からだろうか…。
何もかもが俺にとってはうまくいかなくなっていった。
テストでどんなに成績が良くてもまだまだ上がいるし、マラソンなんてどんなに追いぬいてもまだまだ先にいる。上には上がいるし、下には下がいるなんて親父がよく言ったものだ。
まさにそうだ。
あの時、母親と一緒に行ったデパートのおもちゃ売り場でカツアゲされた時も、俺は『上』と出くわしていたのかな。そして、ボコボコにされながら、「上には上がいるんだから、従ってればいいんだよ」って思っていたのだろうか。
夢も希望もない、大人への第一歩。
このまま俺はにぃぁにも負けるのか?
自分で戦いを仕掛けておいて、相手が強かったらすいませんでした、って奴か。
あいつの前じゃ土下座しても首をはねられそうだ。あいつにとって俺と戦う事はお小遣い目当てのカツアゲでもなんでもないんだ。ただ目の前にいる敵を倒すだけ。
子供の頃はどうしてあんなに信じてたんだろう。正義の味方なんて居ないのに。あんなものは情操教育の一つで、正しいことをすることが正しいことだなんてくだらない事を子供に植えつけるだけのものなのに。
疑う事なく信じてた正義。
疑う事なく信じてた可能性。
ただ、無邪気に、親に買ってもらったおもちゃで遊ぶみたいに、好奇心いっぱいにして。
そうだ…。
知らなかったんだ。
俺は子供だから、うまくいかないこともあるとか、悪が勝つ事もあるって事を知らなかったんだ。知った事で俺は大人になった。そして、弱くなったんだ。
もしかしたら俺はカツアゲしてたあの野郎にも勝てたかも知れない。
どこかで諦めてた。
どこかで恐怖を感じていた。
上だの下だの、そんな事ばかり考えていた。確かに俺が負ける事だってあったかもしれない。いや、その確率のほうが高い。相手は中学生だしさ。
でもそうじゃないんだ。
勝つか負けるかが勝負じゃない。それはただの結果なんだ。
勝負をするまでは、それがどんな利益に繋がるとか、勝ったらとか負けたらとか、色々あるけどさ、いざ始まったら違うだろ…そうだ。違うんだよ。なんで俺が負けたのか…それは勝つとか負けるとか、そんなくだらない事が頭の中をぐるぐるとまわっていたからだ。
小さい頃、親戚の家に連れて行って貰った。
とても綺麗な五月晴れの日だった。
綺麗で涼しくて気持よくて気分が良い日だった。
近所を一人歩いて探索するのは俺にとっては冒険だった。
怖くはなかった。辛くはなかった。寂しくも、悲しくもなかった。ただそこにあったのは好奇心だけだった。俺は…子供だった俺は…自分には何でも出来ると思ってはしゃいでた。勝つとか負けるとか、怖いとか悲しいとか、そんな事は考える余地はなかった。ただ純粋に、一つだけ考えていた。
「今が楽しくてしょうがない」って。