30 リア充記念日 4

女子高という特殊なエリアでは、今でこそ共学になったものの友チョコというのがベースにあるようだ。とどのつまりはクラスでチョコを渡し合うという光景があるわけであって、ユウカが言うような女子が好きな男子にチョコを渡すという行為を見かけることは無かった。
それでもこのクラスにいる最下層のカーストの男子達はこの日は別段に不幸せというわけでもなかったようだ。義理チョコを貰っていたからだ。あー、俺も高校は女子高にすればよかったなー。
普段は男子と女子が近づく事はあまりないこのクラスで男女の交流が行われているという朗らかな雰囲気の中、担任である石見佳祐が入ってきた。
「はーい、クラスのみんな、今日は重要なお知らせがありますぉ」
重要なお知らせ?
朗らかな雰囲気を遮断されてちょっとムッとした雰囲気になるクラス。しぶしぶみんなが自分の席についたころ、
「持ち物検査を実施します」
メガネの奥にキラリと光る目。ケイスケは今日はずいぶんと先生らしい事をしてるね。
でも、クラスの連中はこの決定に反旗を翻したのだった。
「なんで今日なの?」「デブ(先生)のエサ(お菓子)集め?」「ふざけないでよデブ!」「バレンタインって事知っててやってるの?」「自分が貰えないからって酷い!」「デブだデブだと思ってたけどこれほどデブだとは思わなかった」「ピザでも食ってろデブ!」
その凄まじい精神攻撃を肩を震わせて耐えていたケイスケは、再び顔を上げてクラス全員を見据えると、
「だ・ま・ら・っ・し・ゃ・い!」
と怒鳴ってクラスを沈黙させた。
それからゆっくりと、まるでお寺のお坊さんが信仰に無知な人々に言い聞かせるように、
「先生は、バレンタインという言葉が嫌いです」
ストレートだなおい…。
「そんなのチョコを貰えない人のひがみじゃん!」「知ったことかよ!」「あー非リア充の臭いがする、くっせー!」「言葉狩り反対です」「考えからしてキモいよね」「ピザでも食ってろデブ!」
当然この反応である。
「だ・ま・ら・っ・し・ゃ・い!」
それしか言えないのかよ〜
「先生が学生だった時代の話をしましょう…」
教室が静かになった。
「先生の学生時代、クラスにはカースト制がありました。上位、中位、下位という3カーストに別れており、最下層は非リア充が追い込まれた暗黒地帯でした。しかし、非リア充は非リア充同士で安穏たる日々を送っていたのです…そう、その日までは」
教室は静かなままだった。
「『バレンタインデー』はゆっくりと、そして確実に訪れ、教室ではリア充同士がチョコを交換しあうという愛溢れた光景が広がっていたのです…。もちろん、非リアである先生には関係のない光景でした。いつものようにアニメの話をしていたところ、クラスのリア充の女子が僕の元にやってきました。手には…そう、チョコらしき小包が包まれていたのです」
ほうほう。
「僕はその小包を大喜びで開けました。クラスのリア充である上位、中位カーストの人々が見守るなかにも関わらず、僕は生まれて初めて他人から貰うチョコレートに興奮で胸がいっぱいになっていたのです。しかし、その小包の中から現れたのは…」
しかし、って来たらもうどんな最悪な結末が用意されているのか考えるだけだ…クラスのみんなは何が入ってたのかじゃなくて、『どんな悪いもの』が入っていたのかをそれぞれが想像していた。
ゴクリという唾を飲むような音がした気がした。
「ピザが入っていました」
ピ…ピザ…。
「そしてピザから出た水蒸気でふにゃふにゃになった手紙に汚らしい字で…こう書かれていたのです」
ご、ごくり。
「『ピザでも食ってろデブ!』」
シーン。
そんな静まり返った教室のなかで、必死に笑いをこらえる女子の姿もちらほら…。
「ここは!笑うところじゃ!ないですぉ!!!」
マジキレ状態のケイスケの姿がそこにあった。