29 如月流心眼道と金剛流居合術 5

それから俺の修行が始まった。
心眼道には明確な最初の構えがなく、相手の攻撃に合わせて構えが変わる。それら全ての構えが攻撃を無効化、またはダメージの軽減を狙ったもの。「相手の攻撃を受け止める」という考え方がない。そして、攻撃を無効化、または軽減させる構えが、次の自分から相手への攻撃へ繋がる。全部が全部、カウンターを狙ったもののようにも思える。俺は海堂師匠から相手からの攻撃の交わし、逸らし、跳ね返しを行う様々な構えを習った。
「拙者は継承者とはいえ、それらの全てを学び、会得しているわけではござらぬ。なぜかと言えば、心眼道の基本は相手の攻撃を読む事からはじめなければならない。相手の攻撃の力の強さ、向き、大きさ、種類…膨大にある武術のそれらを全て頭の中に入れて、なおかつ実践で活かさねばならないのでござる…拙者は空手のフォームは経験でわかるのでござるが、他の武道となれば…初めて戦う相手であればかわしきれるか、難しいところ成」
「もし相手の動きを読む事が出来たら?例えば、超高感度カメラみたいに高速に動く物体を感知できるようなもので…」
「もし、それが出来るのなら、とても強い武術でござろう。だが、そのような事が可能な人間はおらぬでござる。キミカどのは動体視力が非常にいいようにも思える。ゆえに心眼道を会得しやすいと考えた次第でござる」
ドロイドバスターに変身したら一つだけでなく複数の弾丸の高速な動き(ただしレイルガンみたいな超高速だと一度に一発だけ)読む事ができる。そんな動体視力の俺にぴったりの武術じゃないか。
「なかなか飲み込みが早いおなごでござるな」
師匠こと、海堂先輩も俺の熱心な修行にご満悦な雰囲気だ。
「しかしそれにしても…キミカ殿を打ち負かすほどの力を持つ相手とはいかがなものか?…」
「えーっと、一人はアラフォーのババアで…」
「あらふぉ〜?」
「アラウンドフォーティー。40歳近辺の年齢ってこと」
「ふむ…。すると相手はそれなりに武道というものを多く経験しているものでござるな」
「…多分。それからあと二人は…なんて言ったらいいのかな。忍者と侍みたいな人達」
「忍者と侍…でござるか。武器を使うものに素手で挑むおつもりか」
「え?うーん。どうしようかな」
「確かに、心眼道とは攻撃の力点を見る武道。刀であってもそれは同じで、刃のある部分が力点でござるから…うーむ、しかし、あまりにも現実的ではないのでは…。というか忍者と侍という時点で既に現実的では…」
「ま、まぁ、そうですよね…」
「キミカ殿!」
「はい」
「如月流心眼道が意味するところは流れでござる」
「流れ?」
「この世には様々な流れがあり、多くのものはそれぞれの流れに沿って動いているものでござる。流れを読むことが心眼道の極意。それは武道の中にだけにとどまらず」
「精神学的な事?」
「…武道とは相手を殺す事を目的としたもの。けれどもこの心眼道は武道以前に流れを読む事を極意とするもの。つまり、時として戦う事そのものが流れに反するということでござる。流れが逃げよと告げるのなら、逃げる事が大事。逃げる事が敗北にあらず。押しも引きも強さ。それを見誤るとそこに待つのは敗北でござる」
「心に刻んでおきます」
『武道とは相手を殺す事』…こんな事は高校生に教えるときに言わない。相手を殺すように開発されたものだから『素人相手には気をつけろ』ならわかる。海堂師匠は俺の心を読み取ったんだと思う。俺が生きるか死ぬかの戦いを挑もうとしている、っていうのを、一人の武道家として悟っていたのだろう。武道に通じた人なら『目を見たら』…いや、『拳を交えたら』何を考えているか判ると言う。きっと先輩もそうなんだ。
それから、こいつは無茶をしそうだな、とも。