29 如月流心眼道と金剛流居合術 2

顧問の先生はどこかへと消えてしまい、一人メタボな高校生が残っている。多分先輩だろう。このまま部室へと向かう気配がする。だから俺は彼が練習場から出るところで待ち構えて、
「あ、あのすいません」
と呼びかけた。
「ん?なんでござるか?」
ご…ござる?
まぁ語尾については気にしないことにしよう。
「えと、その、さっきの見てました。綺麗に投げ飛ばしたり、交わしたり、沢山の人達を相手にして一発も喰らわなかったり…」
「あぁ…これは失敬。けして見せびらかすつもりではござらん」
もうストレートに言っちゃおう。俺は交渉とか苦手だし。
「えと、ぜひ、あの技を教えて欲しいのです!」
うーん。反応は微妙だ。大笑いするわけでもなく、なんか目が細くて表情が読めないな。その細い目をさらに細くして、
「マネージャ希望でござるか?」
やっぱ理解してなかったな…。
「そうじゃなくて…」
「ふむ…拙者の技は合気道ではござらん。痴漢避けの合気道を習いたいのなら、」
「いえ、合気道じゃなくて、さっきの技を習いたいんです」
「んん?なにゆえ?」
「えーっと…その…まぁ、なんていうか、色々な人があたしに暴力を振るうのです…いつかやり返そうと思ってるんだけど…」
まぁ、スカーレットとか不知火の事だけどね。
「『でぃーぶぃー』でござるか。それは警察に相談したほうがいいと思うのだが…」
「いや、DVじゃなくて…うーん。まぁ、なんていうか、あたしに暴力を振るう人達は若干武道の心得があって普段から試合をしてるんですよ。それでいつも私が負かされてて、いつかは勝ちたいなぁ、なんて」
メタボな人は「うーん」と言いながら俺の足元から頭のてっぺんまで見る。俺の身長は150センチもないからあっという間に足元から頭までを見終わるわけで、それが何をいわんとしているか判る。「ちっせぇなぁ、こいつ」だ。口には出さないけどね。
「おなごが出来る武道というのは、合気道のように相手の力を利用するものでござる。さっきの拙者の動きが合気道に見えたのなら、それは間違いでござるよ。拙者のは『如月流心眼道』というもので、合気道をベースにこそしているものの、立派な暗殺術でござる…」
暗殺術!!!いいね!!響きがいいね!!
「暗殺…したいですね(白目」
「ん〜…そういう場合はやはり、警察…いや、警察は民事には介入しないでござろうからして、裁判所でござろうか?ふむむ…」
「お願いしますよ!先輩!」
「ん〜。では、お試しで少しだけ技を練習してみて、様子を見るというので…。それにはまず、技を使えるだけの力があるかどうかを見定めてもいいでござろうか?」
「あ、はい」
ん?力を見る?
体力測定でもやるのかな?
いや、これは…このメタボ、俺に「諦めさせる気」だ。何故ならメタボは畳の端っこにきて、さっきのように立ったまま、一礼したからだ。つまり、試合をしましょうって事かよ。普通の女の子なら勝てるわけないな。
だが、ここで俺の力を見るというのなら証明してやろうか。如月流心眼道の継承者に相応しいかどうか、見せてやろうではないか!