27 日本海の死闘 9

ミサトさんの話していたとおり、船は戦線から離脱すると連中は追ってこなくなった。狙いは不審船…つまり難民の乗った船だけだったようだ。
俺が巡視艇の甲板に空から着陸すると、船員達は俺に向かって敬礼をした。そんなのされても俺はどう返せばいいかわからないし、なにより俺にはそんな事をされるような資格はない。
「…あいつらにやられたんですか?」
俺は甲板の隅に置かれてある雪の積もったボディバッグ(死体を包む袋)を見てから言う。
「豊海が沈んで、救助していたところを攻撃を受けた…」
雪が降り積もった帽子の下から押し殺すような声で船員は答えた。表情は読めない。泣いているのか怒っているのか、それとも、その両方なのか、それもわからない。
誰かに責任があるかって言われたら、誰にも責任はない。殺った奴はわかるけど。でも、俺がもっと強ければ死なずにすんだ人がいる。悲しまずにすんだ人がいる。
俺は、あの時死んでいたけどケイスケに助けられて、そして成行きで今こうしてここにいる。ヒーローが何なのかはテレビや映画のシナリオライターにでも聞いたらいい。でも、一つ言えるのは仮に俺がそのヒーローだとして、正直言ってヒーローなんて好きでなるようなものじゃないってことだ。ユウカが言ってたように俺は自分勝手な理由で今の自分になっている。きっと俺にとって俺はヒーローじゃない。
だから俺は小難しく考えるのは止めた。
正義がなんだとか…。
ちっぽけな事だよ。
そう。ちっぽけな事だ。
『大切な人がいて、その人に居なくなって欲しくない』…ただそれだけ。それを望む人がいるから、俺は誰かを救うために悪と戦うんだ。大切な誰かを壊そうとする悪と。何を迷うんだ。奴らを前に逃げ出したってそれで誰かを守れるようになるのなら、それこそ俺が望んだ事じゃないか。
だから俺は強くなると誓った。
雪で視界は妨げられた。その向こうでは殺戮が起きているのだろうけど、もうそれも雪の中に消えた。ただ風の音が、本来なら聞こえてくるだろう悲鳴をかき消していた。