27 日本海の死闘 7

俺は刀を構えていない侍野郎の前で刀を構える。
こいつはさっきの忍者野郎とは違って変な術は使わない代わりに、すごい剣術が凄いぞ…。
まるで時代劇のように、侍野郎は俺との間合いを足で計算している。足で…?こいつ、ずっと目を瞑っているぞ?まさか、見えてないのか?おいおい…マジかよ。こんな盲(めくら)野郎がこれだけ強いの?
『キミカちゃん!』
通信が入る。ミサトさんだ。めちゃくちゃ音声が悪い。
雑音が入り込んでいる。雪のせい?
『いま取り込み中!』
俺は奴の刀をギリギリで交わしながら通信する。
『逃げて』
一瞬、ミサトさんが何を言ったのかわからなかった。今までそんなキーワードは戦闘中に聞いたことが無かったからかな。脳がそのキーワードを拒絶したんじゃないかっていうぐらいに、意味がわかんない言葉。
『え?』
思わず俺が言った台詞はそれだった。
ミサトさんは話を続ける。
『巡視艇にも撤退命令が出たわ』
巡視艇に撤退命令?そんなのがあるんだ…。泥棒野郎(のような者)を前にして逃げたりする事があるんだ。警察が。
『逃げてって…じゃあ、あの難民の人達はどうなるの?』
疑問をぶつけた。
もう何人かは殺されてる難民達をここに置き去りにしたら何が怒るかは小学生でも判る。皆殺しだ。すべからく海の藻屑になるだろう。
だがミサトさんは言った。
『仕方ないわ』
この通信に俺は眉間にシワを寄せた。
仕方ない?そんな事が現実にあるんだ…っていうぐらいの驚きだ。それは仲間を呼ぶんじゃないの?巡視艇が何隻か来てるけど、戦力が足りないから一旦撤退して仲間を呼ぶんじゃないの?
人の命に「仕方がない」って言葉を使うの?
『仕方ない…じゃすまないよ!人が死んでるんだよ?』
俺がそれを通信する途中で既に割り込む。ミサトさんは俺がなんて言うか、もう想像してたみたいだ。
『このまま戦えばあなたも死ぬわ!戦略的撤退っていう言葉知ってるでしょ?今は体勢を立てなおして勝機を待つのよ!いずれまた戦う事になると思うわ』
俺はその通信に返事は返さなかった。
「まだやれるよ」
代わりに今、俺の口でその言葉を発する。
風と波と銃声にかき消されそうになるけど、その言葉を発する。
『キミカちゃん!』
逃げるって?
俺が?
仮に俺が警察だとして、悪人どもを前に逃げまわっていいの?一体誰がそんな警察官を信用してくれるんだよ?そんなして逃げまわる正義を誰が『正義』だと認めるんだよ?
人の命を守るっていう事、人の命は守れるって言う事を、俺が証明できなけりゃダメなんだ。
どんなに装備が良くてもどんなに力を持ってても、悪の前で尻尾巻いて逃げ出すって事が、その行為が、正義の意味を薄くしちゃうんだよ。
俺は周囲にグラビティコントロールを発動させて、氷を盛り上げさせた。そのまま奴にぶつけても切られて終わりだ。だから、同時に攻める!
氷を放つ。
侍野郎こと、イチはその氷を案の定、刀で切った。そうだ、奴は近づくものを氷で切るってのを優先的にやってる。目が見えないんだから氷が近づいてくるのか、俺が近づいてくるのかわからないだろうから。ちょっと障害者さんには悪いけど、健常者的な攻撃をさせていただくよ?
左から氷、右からプラズマライフル、弾く。弾く。奴は凄まじいやはさで刀を振り回しているらしい。上から氷、左から俺の刀、そして下から雪の塊だ!
その時、奴は初めて…俺の攻撃を刀ではなく、身体で交わした。
「え?」
俺の視界がぐらつく。
足場が…?
こいつ、氷の上を切っていた。
俺は、身体のバランスが崩れた。
グラビティコントロールで身体が倒れるのだけは防いだが、奴の攻撃までは防ぎ切れなかった。いや、これは防いだといったほうがいい。倒れ方がもう少し深かったら、奴に『首』をはねられていたからだ…。
俺の左腕から重さが消えて、ずるりと『ソレ』が地面に落ちる音が聞こえた。