25 アンドロイドはボーカロイドの夢を見るか 8

警察の連中は既に何人かを制圧している。俺も手応えはあった、何人か撃ったはず。急所は外れているはずだ。けれどもまだ銃を撃ってきやがる。いったい初音ミンクのファンには何人のテロリストが紛れ込んでるんだよ?
「あ、バリアが…」
バリアが回復しそうだ。
ここは一気に片付けようか。
これだけ激しい銃撃戦だと、エキストラやサクラな人もスタッフも全員伏せているから、今だにアホみたいに立って俺のほうを見てる奴がテロリストのはずだ。今度はレイルガンみたいな冷めた攻撃じゃなくて、男の熱い拳で語ってやろうじゃないか。自分がした『過ち』についてな!!
と、俺が今にも飛び出て客席に飛び込もうとした瞬間、突然曲が違うものに変わった。この曲って、そういえば反戦をテーマにと、ネットのアーティストが初音ミンクに歌わせた曲じゃないかな…。これも口パクで俺が歌えって事か?この銃撃戦の中で歌えってのが間違いですよ…。
などと思っていた時、口パクではなく、声として歌っているのが聞こえた。マイクを通してではない。
その歌声は明らかに初音ミンクのものだった。
俺は舞台の袖のほうから初音ミンクが歩いて来るのを見た。
「バカ!何やってんだよ!危ないよ!」などと俺が叫んだのに、初音ミンクは笑顔のまま、客席に向かって歌を歌い続けた。
無慈悲にも、銃弾の雨は俺や初音ミンクに向かっても飛んでくる。服に当たり穴があき、髪にあたり、ツインテールが吹き飛んで、それでも初音ミンクは歌うのを止めなかった。クリンプトンの社員の人も初音ミンクを舞台袖に戻そうと飛びでようとするが警察に止められている。俺は今だにしつこく撃ってくるバカを狙い撃ちしようと、チャンスを待った。
だが、静かになった。
あれほど沢山飛び交っていた銃声が消えた。
コンサート会場には初音ミンクの歌声だけが響いていた。
みんなその歌声に聞き入っていたのだろうと思う。それはテロをさっきまでやらかしていた連中についてもそうだ。
『捕まえたわ。全員』
というミサカさんの通信に俺は胸をなでおろした。
初音ミンクは…まだ歌っていた。
さっきまでの銃声が嘘のようだ。客席のほうを見てみると、椅子の下に伏せていた人達が顔を上げて初音ミンクの歌に聞き入っている。銃を撃っていた連中はそれを床に下ろして聞き入っている。
俺もその歌声を聞いた。
そっと静かに眼を閉じた。