9 初デート 5

ブティックを出てから、ビッチは何を思ったのか「指輪とか見ていかない?」と言って俺の返事を待つまでもなく、宝石店に入っていった。仕方なく俺もその後に続く。
ガラス張りのショーケースには綺羅びやかな装飾のアクセサリーが並んでいる。アクセサリーの大きさからするとダイヤやらの宝石が一体どこに入ってるのかわからないというぐらいに小さいけども、それでも十分「買えない」ぐらいの値段がつくんだと思う。
俺はその一つを見てみた。
ダイヤってこんなに高いんだ。こんな小さいのが5万って…。工業用で研磨剤とかで使われてる人工ダイヤならきっと同じ大きさで1000円ぐらいのはずだよ。ったく、女ってのは高ければなんでもいいんじゃねーのかな?
なんて思っているとビッチはどんどん店の奥へと進んでいって、一番大きなショーケースに飾られてるエメラルドっぽい緑の宝石を見ている。周囲にはそのエメラルドっぽい緑の宝石をよりいっそう目立たせる為にビー玉だとかの安っぽいものが並んでいて、ライトアップを手助けしていた。
「綺麗だね〜」
と普段ビッチが俺にみせるようなツンツンした表情がどこかに消え去っていた。まるで子供が水族館で巨大水槽の前で動物を見るみたいな、そんな幼い表情をしていた。
「高いね…ゼロが沢山並んでいる。数えるのが面倒くさいぐらい」
と俺が言うと、
「あの一番高いのは持ってないけど、その下にある奴なら持ってるよ、同じ奴」
ビッチが指差す先には色々と宝石があるのでわかんないのだけど、多分、ダイヤの奴だ。10万って…高校生が持っているようなモノじゃないじゃん…。すげぇぇ。
「あの10万の奴?」
「ち、違うわよ…。その下の奴よ」
その下…。えっと、他に売ってるものが見えたら無いんだけど…。もうビー玉ぐらいしかないじゃん。
「まさか…ビー玉?」
「そ、そうよ。悪いの?」
ビッチは一番高い宝石の下の方にある、あのライトアップを手助けしているビー玉を指さしていたみたいだ。
「売り物じゃないじゃん」
「お祭りでもらったのよ。ずっと昔に。今もおもちゃの宝石箱に入ってる」
「ふーん」
その時、俺はふと、背後のほうから騒がしくなっていくような音を聞いた。
振り向いてみると覆面を被った男やら女、それから警察なんかでよく見る『円』の形にカニのように足の生えているタイプのドロイドが一緒になって宝石店に入ってきているところだった…。こいつらまさかと思うけど、泥棒か?!
どう考えてもデモンストレーションでもなければ避難訓練の最中でもない。一斉にジリリリリリリリリという警報の後、一部のショーケースは上から鉄格子が降りてきて宝石やらを盗られないようにガードがかかる。叫び声、それから中国語っぽい言葉が飛び交っている。どうやら泥棒どもは日本人じゃないみたいだ。
「な、なに?!」
ビッチも警報がなんで鳴っているのか、振り返ってみてようやく状況を把握できたみたいだ。と、その時俺は、その泥棒どもの一人が何やら黒い銃らしきものをコートの裾から取り出すのが見えた。
「伏せて!」
俺はその動きを他の誰よりも早く察知出来たみたいだ。ビッチと一緒に床に伏せると、「ドンッ!」という音と共に店員の一人が壁に叩きつけられたのが床から見えた。そしてその後、叩きつけられた店員はそのまま死体となって床に転がる。
その瞬間をビッチは見ていた。震える手で口を抑えて叫び声が外に漏れないようにしている。
こいつら、泥棒なのか?泥棒なら店員を殺す必要はないだろ!
中国語を話ながらその泥棒どもは鉄格子の前で言い争いをしているような感じだ。これは予定外の事が起きたことに対する慌てって奴なのか。
そんな声の中、伏せていた客や店員からはすすり泣くような声が聞こえてくる。
今のままでも俺が勝てそうな気もするけど、でもあのショットガンをモロに喰らったら変身後じゃないと防ぎきれない。けれども、ビッチが側にいるから変身するわけにもいかない。巻き込んでしまうからな…ある程度距離を取らないと。っていうか、俺が変身するだとかそういうのをビッチにバレて欲しくなかったんだけど、この事態だからしょうがない。
チャンスを待つか…。