12 優等生の憂鬱(リメイク) 7

普段どおりの帰りのホームルームの時間がやってきた。
その日も普段どおり、俺と相方の男子が壇上に上がってお知らせなどを読み聞かせていたりした。本来ならこの仕事だって担任であるケイスケがやることになっているんだけれども、ケイスケ曰く昼食を採ったあとは血液の98%が胃に集中している為に一時的に目の前が真っ白になって呼吸も睡眠時と同じく深く緩やかなものにかわり、血流も緩やかに、そして体温も通常よりも5度ほど下がるらしい。
ぐだぐだ並べたけれども、ようは『眠くなる』のだ。
パイプ椅子は毎度のように怪物が襲いかかった時にパイプ椅子で抵抗して、怪物が口でそのパイプ椅子をグニャといとも簡単に噛み折る時のようにケイスケの体重にミシミシと音を立てながら曲がっている。そして体温は死体と間違えるぐらいに冷たくなり、動かなくなるのだ。今サーモグラフィでケイスケを見たら胃が太陽の如く真っ赤になり、それ以外の部分は室内と同じ青い色になっているであろう…。
などと考えていたところ、またしてもあの不敵な笑みを浮かべた教頭が教室へやってきたのだ。
嫌な予感がするぞ『またしても』嫌な予感がする。
俺の髪にアホ毛が生えているのなら刺せるんじゃないかっていうぐらいに鋭利にとがることだろう。
教頭は入ってくるなり言うのだ。
「藤崎くん!!君の評判は聞いてるよ!!」
ひょ、評判ンン?!
「特に何もしてませんけど…」
「そうじゃないよ!ほら!これを持って来られたんだ」
…持って来られた?
なんだァ?
俺の目に映ったのはクリーム色の肩まであったであろう髪の毛を頭の上のほうで結んで下ろし、ポニーテールのようなリボンのようなそれはそれは可愛らしい髪型で、その体は白く、すべすべしていて華奢で、細いウエストのラインと程よい膨らみ…大きすぎず小さすぎず、そんなおっぱいがあり、アンダルシア学園のスクール水着を着用した2次元の世界から飛び出してきた美少女…って、俺じゃんか!!
なんだよコレは!!!
なになに…『プールの妖精、現る』『アンダルシア学園の花』『学園のアイドル』…だとゥゥゥゥゥ?!
「地元の新聞社の方がこのポスターを作られてねぇ、ぜひともキミカ君に『写真集』に出てくれないか!とね言われてしまってね!先生も困ったんだけれど、そういうのがアンダルシアの名前を轟かせる事になるんだからと言われてね!!それから、市の公式キャンペーンガールになって欲しいとかも言われて!!もう興奮が覚めやらないですよ!思わずOK出しちゃいました♡」
なんて事してくれてんだこの野郎ゥゥゥ!!!!
これには俺をハメようとしたクラスの女子どもさすがに驚いている。
言うのなら、友達とふざけあってて、道端のクソを踏ませてやろうと軽く身体を押したらそのまま足を滑らせて肥溜めの中に突き落とした時の顔だ。いや、そこまでやったつもりはないんだけど…っていう。
「そ、そんな急にいわれても…」
俺は言うのだが教頭はニコニコしながら、
「大丈夫!そんなイヤラシイ事とかないし、健全な雑誌だし、それに市のキャンペーンなんて名誉だぞぉ!土日に他県の様々なイベントで自分の名前が売れるんだ!その時一緒にアンダルシア学園の名前も売れるし」
毎週ぅ…土日にィ…『仕事』だとォォォォオォォ!!!
「い、嫌です」
俺は小さく、はっきりと答えた。
嫌なら嫌と答える。
そう、女子水泳部のキャプテンが言ってたからだ。
しかし教頭は笑顔を全然崩さずに言う。
「そこをなんとか!もうマスコミの人も呼んじゃったんだよ!あ、もうきてる!あ、こっちです!わが校で一番の美少女!」
ま、マジで、何してくれたんだこの野郎ゥゥゥ!!!
見れば教室の後ろから迫撃砲ぐらいのサイズのカメラを肩にかけた人やら、スナイパーライフルぐらいの長さの先端にマイクがついた棒を持った人やチンコみたいな形のマイクを持った女子アナが入ってきてるのだ。断る隙を与えない、っていうぐらいの勢いだ。
あまりの勢いに押されて俺は目の前の世界が周囲からだんだんと白で埋め尽くされている気がした。そして、音すらも遠のいてキーンキーンという耳鳴りと共に無音が支配するかのような感覚に襲われた。
あぁ…嫌なら断れ、っていうの、もうちょっと早くにしとけばよかったかもしれない。そういうタイミングもあるんだよ。
もうマスコミまで呼んでて、有無を言わさずという感じじゃないか。
部活だけじゃなく、土日の自由な時間さえも奪われた。
…。
…。
こんな時に思い出すのはオヤジの顔だ。
テレビで確か『Noと言えない日本人』だかそんな感じの話をしていた。それを見ながらオヤジは俺に言った。
「公佳。お前は嫌な事があったら、ちゃんと断るんだぞ」
あまりの当然に言葉に俺は何ら考えずに答えた。
「そんなの当たり前じゃん」
嫌だから断る、当たり前の事だった。当たり前の事だと、当時の俺は…ガキだった俺はそう思っていた。なんらそれを疑問に思わず。
「ははっ、そうか。当たり前か」
そう言ってオヤジはビールを半分ぐらいグッと飲んでから、
「お前も大人になったらわかる時がくるよ。嫌だけど断れない時があるってことを」
「嫌だけど、断れない?どうして?」
「例えば父さんがお前にお前が嫌がる事をさせようとして、でもご褒美としてお小遣いをあげると言ったら?」
「お小遣い貰えるの?じゃあやる!!」
オヤジは俺の目をしっかりと見て、言った。
「本当にお前が嫌がる事をやれ、と言うんだぞ。お前の身体や心が酷く傷つくことかもしれないし、そもそもお金に変える事ができないような事かもしれない。それでもお前はやるっていうのか?」
「…」
「お金に変えられないかもしれない。やれと言われて、酷く暴力を振るわれるかもしれない。暴力を振るわれるぐらいなら、嫌だけれどやろうと思うかもしれない。嫌な事があったら断るってことは、ただ口で断るだけじゃない。自分の大切なものが色々失われるかもしれない、それでも断るってことなんだ。とても勇気がいる事なんだよ」
そう言ってオヤジはテレビを見ていた。
ひな壇芸人がゲラゲラを笑っていた。VTRでは日本人が『断れないケース』が報じられていた。それをみてゲラゲラと笑っていたのだ。
「Noと言うのは勇気が必要なんだよ。誰でもできることじゃない。でもな『誇り』を持った生き方をするって事は、そういう事なんだ」
…。
…。
…。
誇り。
俺は嫌だから断ろうと思ってたけれども、そんな心のどこかに、少しでもいい顔をしたいって思っていた自分がいたんじゃないのか?
波風を立てないように、善人面をして、和を乱さないように、俺の経歴に傷がつかないように…どこかでそんな防衛本能が働いていたんじゃないのか?俺の目の前でヘラヘラ笑っている教頭の顔を見ると、本当に日本人のソレだなと思った。
波風立てないように、当たり障りのないように、笑顔を構成する筋肉をつくりだして、目だけは笑ってない、それで自分が思う良いと思っている未来に、皆を巻き込もうとする。
声の小さいやつを、立場の弱いやつを利用して自分の立場を今よりも高みに持っていく能力に優れた人間。俺だけじゃない、このアンダルシア学園には他にも優秀で美少女が居た。過去にもいたんだ。彼女らは有無を言わさず学校の評判の為に手伝いをさせられていた。
でも損じゃない、実際にアンダルシア学園に人気になった人は就職先が大企業だったり、アイドルだったりもする。
何かと引き換えにして手に入れたんだ。
でもだから、なんだっていうんだ?
俺はその駆け引きには乗らない。
彼女らが失ったのは『時間』だ。
金をどんなに積んでも手に入れることができない、絶対に落ちるスピードが揺るぐことのない、人生という名の砂時計の『時間』
…あぁ、捨ててやるさ。
『No』と言う為に、プライドも、男としての尊厳も、この学園での立場だって捨ててやる。何がキャンペーンガールだ。何が学園のアイドルだ。それで俺の失われていく時間の代わりができるのか?17歳という今しかない時間の代わりが埋められるのか?あぁ?
「ん…んぐ…ふぃ…うぅぅ…ひっ」
突然の嗚咽混じりの俺の声に、教頭もクラスメートも、そしてマスコミの関係者達も一斉に黙る。
「キミカ…くん?」
葛城公佳17歳、男。
マッド・サイエンティスト『石見圭佑』によって女の子の身体にされて、おまけにクラス委員長をさせられ、水泳部にも入らされ、市のキャンペーンガールまでさせられるところまできたが、
その俺が今、泣いている。
クラスメートの前で、マスコミの前で、教頭の前で泣いている。
「さ゛い゛し゛ょ゛か゛ら゛い゛や゛た゛っ゛て゛、゛い゛っ゛て゛た゛ん゛た゛よ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「え、ちょっ、藤崎くん、だ、大丈…」
「た゛い゛し゛ょ゛う゛ふ゛し゛ゃ゛な゛い゛よ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
「お、落ち着くんだ!」
「く゛ら゛す゛い゛い゛ん゛ち゛ょ゛う゛た゛っ゛て゛、゛す゛い゛え゛い゛ふ゛た゛っ゛て゛、゛さ゛い゛し゛ょ゛か゛ら゛、゛や゛り゛た゛く゛な゛か゛っ゛た゛ん゛た゛よ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛!゛」
「えぇ?!そうなの?!」
「こ゛い゛つ゛ら゛か゛、゛や゛れ゛っ゛て゛、゛い゛し゛め゛て゛!゛!゛!゛い゛や゛い゛や゛や゛っ゛て゛た゛ん゛た゛よ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛」
「え?!い、石見先生!これはどういう事なんですか?」
「グーッZzzzzzzスピーッZzzzzzz…(ぷぅ)」
「ね、寝てるゥ?!」
「あの、いま、イジメって?イジメが行われてたということなんでしょうか?アンダルシア学園ではイジメによってクラス委員長などが無理矢理させられる事があるということなんですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて、」
「どうなんですか?教頭先生?」
「いやいやいや、イジメの事実はありませんから!すいません、今日はこのぐらいで」
「教頭先生?!どういう事なんですか?彼女、尋常な様子ではありませんでしたよ?イジメはあったんじゃないんですか?」
などとマスコミに攻撃されながら(追いかけ回されながら)教頭は廊下へ、職員室へ、教頭室へと逃げていった。
「男子ィ!!あんた達のせいじゃん!!」「無理矢理させたのはアンタ達でしょ!」「いや、俺達はキミカ姫がもっとも輝ける場所を」「部活させたのもアンタ達のせいでしょ!!」「ユウカが委員長でよかったじゃんかよ!!」「女の子泣かせて言い訳する男見苦しい」「別に我々は泣かせるつもりなどは…」
教室が混沌の渦に包まれそうなその時。
ちなみに俺はうぇーんと泣いていたが、その時。
(パンッパンッ)
大きく手を叩く音が響いた。
「わかったわかった。私がやるわよ!!それでいいんでしょ?」
ユウカが壇上へ上がってきてそう言った。
そして、男子に向かって、
「男子!異議はありますか?」
ユウカはヒクヒク泣いている俺の肩にそっと手をおいて、その姿を男子に見せびらかせてから言った。つまり『お前ら、女の子泣かせてるのに、まだ続けるんか?あ?』という意味合いで言ったのだ。
男子は一斉に黙り、俯いた。
「と、いうわけで、今日から私がクラス委員長ね。また全員の委員をシャッフルするわ。男子には権限はありませんから!!今回の一件は男子のワガママが原因なんだから反省しなさい!」
激が飛んだ。
男子男子いうから俺までビクビクしたけれど、俺は女の子だったよ。ふぅ、よかったよかった。やっぱ涙は女の武器だな。
と、安心してたその時だった。
異議ありィィ!!!」
突然声を張り上げる…この声は、ケイスケだ。
「は?何よ?」
ユウカが言う。
「ボクチンのクラスの委員長は可愛らしいキミカちゃんじゃなきゃ嫌ですにぃ!!担任権限で今の議決は取り消します!!おっぱいだけ星人の早見祐香さんはクラス委員長にはさせません!!」
ん…だとゥゥ!!!
俺はグラビティコントロールでケイスケの体重でグニャングニャンされてたパイプ椅子を引っ張り手元に持ってくると、そのままそれを宙に浮かせてケイスケの目の前で曲げへし折り合体させ、槍のようにした。
クラスメート達の目が点になる。
ケイスケの喉元にそれを突きつけて言う。
「異議は?」
「ありません」
汗だくの顔でケイスケはニッコリ作り笑顔で答えた。