170 にぃぁ放送局 7

翌日の放課後。
昼休みに行こうとも思ってたけれど他のアホ(コーネリア、メイリン、ソンヒ)などが俺に付きまとってくる可能性もあったからこっそり帰るフリをして図書室へと入った。
よし。誰もついてきてない。
普段から帰宅部として鍛えられているからな、帰る時なんて毎回親が危篤状態で今遭わなければもう二度と生きた親と顔合わせはできないって病院へ向かうかのような血走った目で教室を飛び出していくしな。
そんな俺がまさか寄り道して帰るとは思うまい。
普段の俺、GJ。
放課後の図書室は静かだ。
勉強テーブルを通りすぎてコンピュータシステム・プログラミング関連の本棚を徘徊する俺…どれどれ、「初めてのjava」「ドヤリスト達のXCodex」…うるさいよ。「Mappleが世界一になったワケ」って、こんな本がなんでプログラミングの棚にあるんだよ、ったく…。
javajava…。
java関連の本はこの辺りだけれど、どれも一般人が読むような本だなぁ…何か特殊な事をやっているような本はない。学生向けの本だから『入り』を意識したモノ、つまり、コンピュータ言語に詳しくない人が「ちょっとやってみようか」的な心を持ってこの場を徘徊すると引き込まれる系の本が置いてある。でも、本当に興味を持っている人ってのは、そういう入門書っていうのは読まないで「javaで作る電子工作」とか「javaを利用した家庭内菜園」とか、自分が興味を持っている言語で将来の夢がどんどん広がっていきそうなタイトルの本を探すと思うんだけれどな。本を作る側ってそういうのが理解できてないんだよなぁ。
そういう夢を持たせておいて途中に入門的な情報を転がしておけば、その本を色々な人に買ってもらえると思うのに。どれも『やりたくないけれど仕事でjavaを使うことになってしまった…クソッ…入門書みたいなのは最低限読んでおかないと…クソッ』って人を惹き付けそうなアレなタイトルばっかりだよ。それが日本人らしさかぁ?
その時だった。
本棚の向こう側で言語関連の本を読んでいたであろう男子生徒と目があったのだ。制服から察するに先輩…上の学年の生徒だ。しかも、その男子生徒は他の連中が俺に向ける『美少女を見つけた』的な視線ではなく、まるで侵入者を警戒し怒りすら混じっているような視線を向けてきたのだ。
しかし、用事があるのか本を読み続ける。
俺は俺でそんな視線は気にするわけでもなく、他の本を漁る…javaに限定したらダメか。言語共通の奴で逆アセンブルだとかリバース・エンジニアリングの本でも漁るか。
そういう専門書は学校の図書室には置いてない…のかなぁ。
俺が元いた高校では絶対に存在しない部類だ。
あっちは『今から始めればまだ間に合うVisualBasic』とか『プログラマの生き残りはUindowsにあり』とか『サポートが切れて500年経過しても使えるUindowsXP』のレベルだ。だいたいマイクロンフトのクソ開発環境を本の題材にしている時点でお里が知れる。そんなものは窓から外に投げ捨てて下にいるMS信者の脳天をかち割ればいいんだよ。
ふむ。
どうやらさっき、男子が見ていた棚がリバース・エンジニアリングの棚だったらしい。見る場所が被ってしまった…が、だからといって俺が引くわけにはいかない。俺には使命があるんだよ。にぃぁの言葉を解析する使命ってやつが!!それで金も貰えないし名声も手に入らないけれど、それでも男にはやらなければならない使命ってのがあるんだ。
ん〜…。
リバース・エンジニアリングっていうのは技術書というよりも、ソースが無くてバイナリしか存在しない状態で何とか復元する、っていう緊急事態に対応する手順的な本もあるわけか。
お、これなんかいいかもしれない。
『ある学者が自らの開発したデータを記憶媒体以外の場所に格納した』って、これが本のタイトルか。そそるなぁ…こういうのが読者を惹きつけるんだよ。こういうラノベみたいなタイトルが!
って、俺がその本を取ろうとした時だ。
思いっきり俺と取ろうとした本が男子…先輩らしき男と被って、二人共が本を掴んでしまった。
こういう時、ラノベとかだと『出会い』みたいに扱われるんだけれど、さっきのあのキッツい視線から察するとエンカウントって感じだな。これから戦いが始まるっていう…。
すると、その男子は俺に向かって言う。
「ミス・アンダルシアっていうのはこういう技術書も見て勉強しなきゃいけないのか?」
こうモノローグに語るとまるでミス・アンダルシアを心配してそうな感じに聞こえるけれど、そういうのではない、もっと皮肉っぽく語った。言うなら子供が本屋さんで雑誌を読んでいたとすると、お兄さんが来て「お前みたいなガキが読む本じゃない」と言う感じ。
「あたしが何を見ようとあたしの勝手じゃないですか」
と取り敢えず俺は敬語を交えて返す。
「それで勉強してどうするんだ?自慢するのか?」
おもいっきりの皮肉。
アメリカ映画にあるような女性蔑視な皮肉。
俺は本を先輩らしき男から取り上げて開いて中身を見ながら、
「自慢じゃないです。ただ興味があっただけ」
「普通のプログラミングでは自慢出来ないからリバース・エンジニアリングっていう普通じゃないものを少し齧ってマイノリティを磨こうとしている風にも見えるぞ。アンタが普段スタバでMBA使ってるのと同じで。そういうのを『にわか』って言うんだよ」
こ、コイツ、俺がドヤリングしているのを知ってるだとゥ?!
俺はプライベートな俺の事を知られて顔を真っ赤にしていた。いや、真っ赤にしたくは無かったのに勝手に真っ赤になってしまった。ちょうど2chVIP板に写真を曝される時のような感覚だ。
俺が顔を真っ赤にしてプルプル震えて返す言葉を失っていると、
「今までのミス・アンダルシアっていうのも全部そうだったよ。人気を得ると人ってのは自分が望んだものじゃなくて『他人が望んだもの』になろうとするんだよな。不思議なもんだ。中身は空っぽなのに、他人がそう望むから他人が望んだものになってしまう、まるでそれが自分の使命みたいに。誰も最初はそんなの望んでないのにな」
「あたしは『にわか』じゃないし、格好をつけるためにプログラミングやってるわけじゃないし、あなたとは違うんです!」
「お前に俺の何が解ってるっていうんだ?俺が何のためにここで本を探してるのか解ってるのか?」
「じゃあ、あなたは解ってるの?あたしが何のために本を探してるか」
「ドヤるためだろ?」
「だから違うって言ってるじゃんか!」
まるで夫婦喧嘩のようになってしまい、周囲から見られる。図書委員もこちらに気づいたようだ。
「まぁ、落ち着けよ。で、何を探してるんだ?俺が教えてやろうか?」
「あなたに言ってもわからないことです」
「そういうのはな、その人をよく知ってから言う言葉だ」
俺は取り敢えず深呼吸してから、
「うちのクラスの担任が普段から『にゃんにゃん』言ってるんだけれど、それに何か意味があるんじゃないかと思って解析してたら、Coogle Analyzerでjava言語に変換するところまできたの。エントリーポイントもないし、無意味に思えるクラス名だとかメソッド名ばかりだし、128TBのディスク容量に迫る勢いで数えきれないぐらいの数があるの。だから行き詰まって、ひょっとしたら変換が間違ってるんじゃないかって専門書を漁ってるの。で、あなたの回答は?」
ぽかんとしている。
俺が何をしているのかがわからない、という意味でのぽかんか?
「お、お前、なんて意味がないことしてんだ?」
そう男は言った。
「う、うるさいな…別に意味が無い事をしてもあたしの人生だからいいじゃんか。迷惑掛けた?」
それから先輩は笑ってから言う。
「いや、別に迷惑掛けてない。…でもその『にゃんにゃん』言ってるのがjavaにまで変換できたのは驚きだな。お前がやってることは意味が無いけれど、その『にゃんにゃん』には何か意味があったということか」
意味が無いは余計だ。
「で、感想はいいから。あたしが探そうとしてる本がわかったんですか?結局『からかって』終わりじゃないですか」
「いや、終わりじゃない。目の付け所はいいな。お前が『にわか』じゃないのは認めてやるよ。でもCoogle Analyzerに頼りすぎているのは視野を狭くする。あれはシステム開発者向けにアセンブルプログラマ言語に変換するんだよ。だからプログラミング言語で再現可能なところまでしか変換してくれない…プログラミング言語以外にもあるんだよ」
「だから、途中で色々な国の言葉とか、宇宙語とか猫語とか変換を試みたけれど失敗したの」
「いやいや、そうじゃない。プログラミング言語以外にもコンピュータ言語っていうのはあるんだよ。クラスが滅茶苦茶沢山あって、128TBぐらいのリソースか…何となくニューラルネットワークに近いな」
「にゅ、ニューラルネットワーク人工知能?!」
「Coogle Analyzerで解析できなかったら、そこでお前の解析が終わるわけじゃないだろ?視野を広く持つってのは発見とか発明には大切なんだよ。まぁ、そこで諦めないで図書室を徘徊したのは正解だったな」
なんとなく、先輩だと思っていたけれど本当に先輩だった。歳が一つ、二つ上という意味でじゃない、人生経験が俺よりも上であることや、ちゃんと後輩の面倒を見てくれそうなという意味での。