157 土下座外交 9

翌朝から2国間会談が始まった。
当初、参加予定だったアメリカは日程の事情により不参加となった。
とりあえず室内は俺、外はイチ、そして何故か前回は外にいたタエが俺と同席することに…本人は昨日「リアル土下座面白そうだから期待して室内護衛で参加する」とヘラヘラ笑いながら言ってたからな。
室内は大きな長机を挟んで両国が対談するようになっている。
昨日、夕食会に居た時の中国側メンバーに加えて外交官らしき連中がもいるのは日本と同じだ。そしてそれぞれがaiPadらしきものを出して資料を見たり議事録をとっていたりしてる。
あとはアンドロイドが昨日のとは異なっている。普通は穏便に済ませようとするから声だって女性のを採用するんだけど今回は何故か姿も声も男性のアンドロイドが参加していた。
外交官がまず口を開く。
「朝鮮との会談では先に言うのを忘れていました。日本は完全民主主義国家の為、総理も議員もただ国の代表であって、政治を直接コントロールできる権限を持っておりません。あくまで日本国民が政治を判断します。ですから、この会談だけの『内密な要求』などは他国と違って通りませんので、そのあたりをご了承ください。この会談の映像はリアルタイムに日本の国会へと流れ、中国語の翻訳も自動で行われます」
それが翻訳され中国側へと伝えられる。
その言葉の背景で朝鮮の「クネクネ大統領」がテーブルの上で土下座した光景が脳裏に浮かんでいた…。さすがに「朝鮮の大統領なんて土下座やらかした挙句にCGで日本の総理が土下座したってことにしてメンツを保ってましたよ、ワロエナイ」とかは言い出さないようだ。
しかし隣ではタエが思い出し笑いをしている。
おい、あんまり相手を刺激するなよ…。
などと俺が心配するなか中国側が話す。
「あなた達が今回の会談に参加してくれたことに感謝する」
渋い声で男性のアンドロイドが話す。
続けて、
「今回の会談は新しい両国の一歩を踏み出すものだと思っている。だが、その為には一度、過去の話をしなければならない」
すかさず安倍議員が茶々を入れる。
「休戦状態ということは理解されていると思う。まず、謝罪や賠償についてはどちらが悪いのかが決まっていない以上、何もなされない事を理解して頂きたいのだ。かの国と同じく、政治の失敗をカバーする為に他国を批判する流れが見受けられたら、私は間髪入れずに文句をいうことにしている」
いつもの調子で幼女が言う。
中国語がその流れを遮るように発せられる。
そしてアンドロイドが話す。
「日本と中国が休戦状態であることは世界の知る通り、そこを否定するつもりはない。そして、我々の望みは国交の正常化でも、謝罪でも賠償でもない。我々の国はまだスタート地点にすら立っていないのだ。戦後…いや、戦時中からあなた方が知る通り、いままで一つの中国だったものがいくつもの勢力に別れ、内戦状態へと陥った。今もまだ火はくすぶり続けている。平和への一歩を進むためにはまず元の状態に戻らなければならない」
俺の脳内の歴史の資料からは大戦時に中国が内部分裂したなんてものがない…どういうことなんだ?中国っていう巨大な国が周囲の国に侵略戦争を仕掛けたっていうストーリーだったんだけど…。
総理が口を開く。
「日本国内では『公式』には中国は内部分裂ではなく、侵略戦争を行ったという事になっている。もちろん、周辺国の認識も同じだ」
これには安倍議員も驚く。
俺と同じ驚き…ではなく「何いってんのお前」的な表情で総理を見ているのだ。台本に無い事を言っているのか?
外交官も慌ててるぞ。
中国語が再び発せられる。
そしてアンドロイドが訳す。
「公式な見解に間違いはない。あれは誰がどう見ても侵略戦争だった。しかし、誰もが『そこ』で思考を停止する。なぜそれが起きたのかを、誰もが目を逸らそうとする、目を瞑ろうとする」
「今、中国で何が起きているのだ?」
安倍議員が質問する。
「私の要求はただ一つだ。私を『中国の代表』として認めてほしい。我々の政府を『中国の政府』として認めてほしい。あなた達の同盟国であるアメリカや台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、インド、オーストラリアにも認めるよう話を通させてほしい」
「それは私の質問に答えてからだ!李国家主席!」
間髪入れずに幼女が叫ぶ。
それから安倍議員は「カメラを止めろ」とまで言っている。
「議員」
総理がなだめる。
「しかし…」
日本国憲法にも記述されている。正しい情報を正しい経路で正しく国民に伝える事が『完全民主主義』の大原則である。これを成さないものには国を制御する権限を与えないと」
「これは想定外だ」
「国を動かすということは、想定外の連続だ」
ここで改めて俺は総理の図太さみたいなのを垣間見えた気がした。国の代表はただの飾りだからと言っていても、他国に行けば嫌でも代表という扱いから逃れられない。そんな中でも慌てず冷静に話すだけの図太さと広く深い知識と経験が必要なのだ。
「李国家主席。これはなんの茶番だ?」
そう言ったのは安倍議員でもなく、総理その人だった。
「茶番ではない、事実だ」
と、アンドロイドが答える。
「あの大戦が起きた時と同じ事が今の中国で起きている…という認識でいいのだな?もう一度言うが、これは国会に流れている。つまり世界に流れている映像だ」
「わかっている。しかし、大戦が起きた時とは少し違う」
「違うとは?」
「前は日本の総理と1対1の対談だったが、今は違う。日本国民が見ているではないか。世界が我々の話を聴いている」