146 怒涛のマスカレーダー 6

チナツさんの依頼はこうだ。
ある男がこれから冤罪で逮捕されるだろう。たまたま俺が今仕事をしている署内で一連の逮捕劇があると予測される。今時点では対策は特に無く、警察の出方次第だが、なんとかこの男を救い出してくれ。
無茶なお願いだ。
俺は警察のお手伝いをするためにここに来たのに。
しかし、俺にも思い当たるフシは多くある。
あのヤクザと見紛うほどの刑事共は明日は誰を適当に捕まえて嘘の自供をさせ犯人に仕立て上げてやろうかなどと考えているのだ。ネットでも不祥事の多い警察署だと噂が立っていて『ドロイドが警察官を襲った事件』でもネット民はもちろんのことネット民以外も警察の方を疑っているほど。
そうとはしらずに連中(警察)ときたら朝鮮人が日本人の家や戸籍を乗っ取っているのに目もくれずに…あぁ、そうだ。昨日エルナが我先にと『門田』家に向かったからもう新聞紙は一面、朝鮮人による日本人の家・戸籍乗っ取り事件で染まっているんじゃないのかな?警察の不祥事も吹っ飛ぶ勢いだと思うぞ。
と、俺はクリスマスプレゼントが包まれている梱包を開けるときの子供のような気分でaiPhoneで2ch掲示板のニュー速板を覗き見る。
「あ…れぇ?」
最新スレッドを見たけれどどこにもニュースがない。
『門田』で検索してもないし『神戸』で検索してもないし『兵庫県警』で検索しても何も出てこない。何もというのは言い過ぎか、検索結果に引っ掛かったのは不祥事に関連する事件だけだ。
それじゃなくてェ…昨日だよ、昨日。
こんな事件は日常茶飯事だからニュースにすらならないのかぁ?
ホテルのモーニングビュッフェを食べながらイライラしながらaiPhoneで例のニュースを探す。探す。探しまわる。しかし結局見つからない。
ん〜…。
まさか俺からこの電話番号に電話をすることになるとは。
そう、エルナである。
こうなったらマスコミに直接聞いてみる。エルナは昨日あれだけ乗り気でニュースにしてやると意気込んでいたんだからこの理由を知っているはずだ。
『おはようございます…』
『ひゃ!!き、キミカさんですかァ!!キミカさんのほうから電話してくれるなんてエルナ感激です!!どうしましょう!今日は朝から良い日だなァ…もう今日は仕事したくないや…2度寝します、おやすみなさい』
『おいいいいいい!!!』
『はいいいいいいい!!』
『昨日、例の門田の家の件、ニュースにするとか意気込んでいたじゃん?今日、ニュー速板とか見たんだけど全然ニュースが上がってないんだよ。どういうことなのか知ってる?昨日、例の家に行ったんだよね?』
『それがですねぇ…聞いてくださいよォ…。私がとくダネ!だからって上司に報告したら「その事件は記事にするな!」ってお叱りが来たんですよォ…とくダネ!他の会社に取られちゃいますゥ…って思ってたら、今日、朝刊見てビックリです!!まるで事件なんて起きてなかったみたいにシーン!あ、でも遠隔捜査事件については一面にびっしり載ってましたけどね』
おかしい…。
やっぱりおかしい。
これほど日本人が喰いつくニュースなんてないのに。
『門田の家のほうはどうだった?』
『人っ子一人いませんでした!なんか警察が来て家の人全員連れてったみたいですね。近所の人が不審がってましたよ?』
ん〜…。
おかしい。
これはおかしい。
マスコミの報道規制も警察が捜査しない件にしても、まるで既にスケジュールされているかのような…スピーディーさである。
『そう、わかった。また連絡する』
『はい!連絡待ってますよ!キミカさんの近くで待ってます!』
『いや、近くに来なくていいから!』
エルナとの通話を終えて、俺はイライラしながら朝食のハムエッグを口の中に放り込んだ。昨日お酒を飲みまくったせいかまだアルコールが体内に残っていてパサパサとした食感とパサパサとした味が広がっていた。
県警に出勤してから、例の対策本部とやらの前を通りかかると珍しく本部内にはパソコンが設置してあった。
こういう田舎っぽい警察署ではパソコンのパの字が出てくることすら微妙なのだが、昨日設置されたのだろうか、既に早出勤の50代ぐらいのおっさん刑事どもがなれない手つきでパソコンのキーボードと格闘している。
やば。
目が会ったよ。
目が会っちゃったよ。
「おお、おいおい、本庁の」
本庁の?
なんだ俺のことか?
「本庁の!ちょっとおいさんわかんないから教えてくれよ。ぴぃーしぃーというやつをさ、ほら、こっちこっち。こっちきて」
うわぁ…始まったよ。教えてくださいって言っておきながら最後は俺がやってるってオチが思い浮かんだよ。結局こいつらは教えてもわかんないんだよな。ハイカラなパソコンに触れることが出来るだけで満足、みたいな。
「何をやってるんですか?」
ため息混じりに俺はパソコンが設置してあるテーブルに近づく。
そこにはフォトショップらしきものが起動されており、写真が開かれている。どこかで猫を写した写真だ。他にも沢山猫がいる。
「いやな、これにな、これ、この写真をな、合成したいのよ」
はぁ?
ったく、警察は何をやってるんだよ。署に引き篭ってフォトショップで遊んでないで外で犯罪者と遊んでこいよ。仕事中だぞコラァ…。
「この猫の写真に何を合成するんですか?」
「この男の写真をだよ」
写真の男はガタイの大きな、メガネをかけた色白のデブだ。一瞬ケイスケかと思ったけれど年齢的にはケイスケよりも大分若いな。既にスキャナで取り込まれた後の男の写真、それからどこかの猫の写真が画面に表示されている。
それにしても…。
これUindowsのPCじゃないか。うわぁ…使いたくないなぁ。宗教上の理由により触りたくないなぁ…いくらフォトショップが優秀なソフトウェアだろうと動いているOSがUindowsだとなぁ。っていうかなんだよこのフォントは。ギザギザして目がチカチカ痛くなってきそうだ。写真の部分の画質は申し訳程度にMapと同じ品質なのだが、他が全部ダメダメなのでやたら目立つ。まるで『ほら、最低限の機能は用意しておいてやるから後は好きにしろ』って感じ、ハリボテみたいなもの。目に見えない部分が重要なんだよ!!わかってないなぁ…。
などと言いつつも俺は『こんな程度の低いソフトウェアなんぞ使いまわしてやるぜ』という意気込みで『男の写真』と『猫の写真』を合成してあげた。
いつの間にか俺の横にいたあのおっさん刑事はタバコを吸いに休憩所に向かったようだ。こんなかんじに10分間隔ぐらいで休憩所に行くんだよ、あのおっさん。ただ、ひと通り合成してからなんか『蛇足』をしてきたくなってきた。
せっかくフォトショップ使ってるわけだしな…。
ん〜。まずは目だな。
この男の目は小さすぎる。
目が大きいのが美少女の最低限に必要な項目なのだからまず目を大きくした。
それから肌が荒れているのはこうやってブラシで綺麗に消して…ほくろも消して…。メガネも外すか。カッコ悪いし。やっぱ男はメガネかけてちゃダメだよ。
エストも細くしてみるか。
こいつは太りすぎなんだよ。
胸は少し大きくして…と。
よし。
完成。
完成した写真は『証拠』と書かれたフォルダに既に保存されているようで、俺はそこに上書き保存した。