3.片目のナブ

1

イスプリスの村から遠く離れた山中、人目から遠ざけるように森の中に野営が張られている。中央の大きなテントの周辺には重装備の兵士達が出入りしている。その隣の少し小さなテントには意外にも兵士達の野営には似合わない一団が焚火を囲んでいた。
服装からすれば近隣の村人達。そしてその中には一風変わった東洋の衣装を纏った少女、はつみが居た。はつみはテントの隅で近隣の村人達から頂いたご飯と魚の干物を食べていた。時折人目を気にしながらも麻の袋から木の実を出してはかじりながら。
テントの外が騒がしくなった。兵士達がなにやら大声で叫んでいるのが聞こえる。
「村はオークに占領されていました!敵の斥候に見つかり一人が囮となって何とか自分は戻る事が出来ました!ですが追手を撒き切れていないかもしれません…。敵はかなりの数です。ここも…」
それを聞いていた村人達も兵士達と同じく動揺した。
「おそらく奴等の首領はナブというオークだ…。奴は以前村を襲った時、守備に当たっていた兵士の放った矢で片目を失ったと聞いている。きっと仕返しに来たんだ…」
村人の一人は体を縮ませて言い放った。
(もうこんな所まで獣人達が攻めてきてるなんて)
はつみにとっても他人事では無かった。彼女が邪馬の国に留学中も何度か街が獣人に襲われる事があったが、邪馬の軍隊は数こそは他国に劣るものの式神を口寄せする事で硬い守りを築いている。その為か街には被害が殆ど及ばなかったのだ。
何度か彼女も国防軍に予備兵力として参加はしている。だから今のその瞬間でもオークに占領された村を奪還する為に兵士達が彼女の力を必要とするなら喜んで差し出すつもりなのだ。だが、圧倒的な戦力の予備として参加する事と、崖っぷちつま先立ちの戦力に加担するのとでは恐怖の度合いも大きく異なった。なにより口寄せした式神達を味方だと正しく認識してくれるのかも疑問だった。
そんな事を考えているうちにまた外が騒がしくなる。二手に分かれて囮となった兵士が大怪我を追って戻ってきたのだった。村人達のいるテントに兵士が顔を覗かせて叫ぶ。
「この中に白魔術に長けた者はいないか?!」
するとテントの置くで静かに手を上げる者が一人。はつみと同じ様に村人達とは異なる衣装に身を包んだ少女だった。ただそれが召喚士が儀式で着用するものだとすぐにわかった。
「専門ではありませんが少しなら…」
「怪我人がいる。来てくれ!」
兵士に連れられて少女は他のテント、おそらく怪我人が収容されている所へと向かった。村人達も黙って待つのも悪いと思ったのか何人かが怪我人の手当てへと向かう。はつみもそれに付いて行った。彼女は召喚士がどういうものなのかを知りたいという理由もあった。

2

兵士は深い傷を負い出血も激しかったが少女が傷口に手をかざすと見る見るうちに傷は塞がり出血は止まった。後には浅い傷だけが残っていた。そして歓声が上がる。
「すまなかったな、ティリスの街へ立ち寄るなら軍へ寄るといい。礼を遣わすぞ」
少女は軽く頭を下げるとテントの隅へ座り目を瞑った。それは瞑想と呼ぶマナを回復する為の行動だ。はつみは瞑想を中断するのは悪いとは思いながらも少女に話掛ける。
「私、口寄せ師のはつみ。さっきの白魔法凄かったよ。でも、その衣装は召喚士のものなのでしょう?あなたは召喚士なのです?」
「うん、私は召喚士のアリシア。ティリスの街に向かってたんだけど途中でこの有様よ…」
口寄せ師である事には驚かないアリシア。恐らくは専門が召喚魔法ではあるが卓越した知識の枠は他の分野にも幅を利かせているのだろう。口寄せ術にも覚えがあるのかも知れない。
「私、最初は召喚士を目指していたんだけど、頭悪いからマナが少ないみたいで…同じ様に異界から呼び出す事の出来る口寄せ師になろうと決めたの」
「あら、そう。でも人が扱えるマナの量は頭の良し悪しでは決まらないわ。何度も繰り返し魔法を使う事で体内に留めておけるマナが増えるのよ」
「あぅ…そ、そうだったのですか…私、とんだ勘違いを…」
はつみは人生の進路を大きく逸らした事が単なる自分の単なる勘違いだった事に大きく動揺した。ただ、それでも結局は自分の目標の一つは叶えられたのだから良しとしよう、と考えた。
「あなたもティリスの街へ?」
今度はアリシアが質問した。よく見るといつの間にか目を瞑り瞑想を行いながらも話をしている。
「あ、はい。ティリスの街で口寄せに関する書物を手に入れようと思っています。それから修行をするつもりです。…ゴメンなさい、瞑想の邪魔だよね?」
「大丈夫よ、話しながらでもマナは回復できるわ。速度は遅くなるけど」
そうは言われたがこれ以上は話し掛けなかった。
怪我をして休んでいる兵士に話し掛ける声が聞こえる。恐らく彼等の上官に当たる人間だ。それは階級を区分けする時に使う装飾で解る。だが上官であるはずの男は年齢的には彼の部下よりかは若く見え、エリートの道を歩んできた風貌を漂わせている。その話方も威圧的なものではなく大人しく遠慮しがちだ。
「ふぅむ…片目のナブです…か。奴はオークの基本戦術である数での押しを好んで用いる事で有名ですね。ですが、奴の行動を見る限り時折その思想はオークらしからぬものがあります。今回の作戦にしても奴の真意が読めない。どうにせよ村を奪回する為には正面突破だけは避けたいですね…」
「村人達の話ではナブは片目を奪った兵士に仕返しをするつもりで村へ責めてきたとか」
「いや、それはどうかな…。奴が片目である事がそう思い易くさせているだけなのかも知れません。大群で村を占拠する事も、奴が片目である事も、全てが奴の演出であるとも取れるのです」
「…オークほどのアホウがそのような深い考えをするなどと…」
そう言いながら彼の部下は歴戦を潜り抜けて来た自分が正しい、エリートの道だけを突き進んできた「現場を知らぬ上官」に対して疑問の念を抱いた。ただ彼や彼と同じくこの戦場に足を運んできた他の兵士が何より疑問を抱いているのは執拗にこの村を守る命令を下した元老院である。
「なぜ元老院はこの村の防衛を最優先としているのですか?」
兵士はその答えを上官である若いエリート士官が素直に答えてはくれないと思いながらも質問した。だが彼等の上官は意外な答えを返した。
「僕にも解りません。僕も貴方と同様に疑問に思っているのですよ。この村には何かがあると…。で、仮にです。仮にオーク達が我々を試しているのであれば、この村を占領し我々の出方を見る。我々が執拗にこの村の奪還を狙うのなら、つまりは村には何かがあると。そう彼等は判断してしまうのです。あくまで仮定の話ですが。だから我々はその仮定に則ると執拗に村を攻める事も元老院の命令で動いている事も相手に悟らせてはダメなのです」
「つまり…我々は何を守るのかも解らずに、あの村にある何かを守らなければならない。そしてそれをオーク達に悟られてはならない。という事でしょうか?」
「付け加えるなら、元老院が我々に命令を下した時に何が目的なのかを教えていないという事は、元老院もまた我々がここで敵に破れることも演出の一つではないかという事ですね」
「ちょ、ちょっと待ってください。我々はここに死にに来たのですか?!」
「すいません…秘密が多いと裏を探ってしまう。そういう悪い癖が出ました…。多分そんなに深くは考える必要はないでしょう。村を奪還せよというのを素直に行えば良いだけです。元老院は敵の戦力を知らないわけですから、ここで死ねというのは考えすぎでした。貴方はここで休んでいてください。僕はこれから作戦を説明しなければ。その為に村人達…のような格好の方々をテントにお招きしているのですから」

3

ロメナスの村はティリスの街の植民地として栄えた村だ。他国との中間地点で貿易の拠点としても栄えた時期はあったが、それは過去の話。飛空挺が発明されると道路を馬車で行き来する貿易方法は真っ先に廃れた。最近でははつみ達の住む辺境の村からの特産物の運搬の拠点となっているだけだった。
そして今はオーク達に占領されている。
「村人はこれで全員か!?」眼帯をしたオークが吠えるように怒鳴る。
村の中央の広場には村人達が縄で縛られて集められていた。その周りを数匹のオークが囲む。焚火を焚きどこからか持ち出した旗を火の中に放り込んで焼いている。彼等オークは占領の証として旗や家紋など集団を意味するものを即座に火にくべて焼く習慣がある。
「さっき逃げ出した奴等以外は揃っています」
眼帯をしたオークの傍で一回り小柄なオークが言う。小柄と言っても人間と比べると牛と人ほどの差はあるぐらいの大柄だ。その小柄なオークよりも一回り大きな眼帯をしたオーク、彼等の間ではナブと呼ばれる首領は、その牛サイズの大柄な巨体をノシノシと揺らし落ち着きの無い素振りで縄で縛られた村人達の周りを歩いた。その度に地面は揺れ女子供は小さな悲鳴を上げた。
「ズーク、アレを持ってこい!」
ナブの隣に居る小柄なオークはズークと呼ばれる彼の部隊の参謀長だ。ズークは木箱から巻物を取り出すとナブへ手渡す。
「いいか人間共。目ん玉くりぬいてよく見ろ!」
ナブが黄ばんで色あせた紙を指差して村人達に話し掛ける。
「(目ん玉くりぬいたら見えないっての…)」小声でズークがツッこむ。
「この絵に描いてあるモノを探している!この村にあるという話を聞いている。持っている奴が居たら今すぐ教えろ!」
村人達は絵を見て彼等同士で顔を見合わせ首を傾げたりもした。誰も知らない風には見える。
「ナブ様、コイツ等は本当の事を知らないかも知れません。今はティリスの街からやってきた軍の出方を見ましょう。奴等が執拗に奪還を狙うならココにあるって事でしょう。それまでの間は俺達で探しましょう」
「俺達が探す?そんな面倒臭せぇ事が出来るか!このチンケな村人どもはオーク様を舐めてるって事じゃねぇか!そんな事は許せねぇ、お前が許しても俺様は許せねぇ…」
それから一人ずつ食うなど、目ん玉をくりぬいて目玉焼きを作るだの、散々叫んで暴れたがズークという参謀長が仲間のオークと共にナブを押さえつけて静かにさせた。腹が減ると基本的には五月蝿くなるナブは食事をする時は静かだ。だからズークは人間達に食事を作るよう命じて仲間のオークも休ませる事にした。
そしてナブとその部下のオーク達が静かに食事を摂る間、ズークは数匹の部下を引き連れて村の散策へと出掛けた。彼等が探すモノが確かにその村にあるのか確かめる為に。
散策とはいっても最初から目星を付けていた建物に真っ先に向かった。聖堂だ。人間達はオークとは異なり神を信仰している。だから何か大変な事が起きたときは聖堂へと逃げ込むし、何か大切な物があれば聖堂へと隠す。そう考えたのだ。
実際に最初に奇襲を掛けた時も村人達は聖堂へと逃げ込んだ。オーク達は木で作られた重々しい扉をいとも簡単にブチ破って中で震えていた村人達を広場へと引っ張りだしたのだ。そのブチ破られた扉を跨いで聖堂を見渡してズークは確信した。
「なるほどな…」

4

ロメナスの村奪還の為に張られた野営では村へ向かう村人達やはつみのように通りすがりの旅人達が召集されていた。彼等の前には軍の士官風の男が立つ。
「私はアルタザール軍の士官、名をジニアスといいます。さて、まず状況から説明しましょうか…。我々はオークに占領されたロメナスの村奪還の命令を受けてここへ野営を張り、そのチャンスを窺がっていました。相手の戦力を調査した所、真っ向からぶつかれば勝てたとしても甚大な被害が出るという事が解っています。そこで皆様の協力を仰ぎたい」
場がざわめく。
「ワシ等に戦えという事ですか?」村人の一人が言う。
「そういうわけではありません。戦うのはあくまでも我々軍の役目。あなた方には陽動に協力してもらいたい」そう言うとジニアスは村人達に見えるよう彼等の村の地図を広げた。
「ロメナスの村は何度かオーク達の襲撃にあっています。ですから村はある程度は襲撃に耐えれるよう簡素な防衛ラインを設置しています。今はオーク達に占領されているわけですから現在村を守っているのはオーク達です。そう簡単には突破出来ないでしょう。特に真っ向から突入すれば…。であなた方の陽動の出番です」
ジニアスがそう説明すると彼の後ろには村人達と同じ様な格好をした彼の部下が現れた。
「村人に変装した兵士とあなた方から数人がロメナスの村へ行きます。村の中から突入への手引きをお願いしたいのです。防衛ラインの突破が容易になれば村の奪還も、まぁある程度は楽になるでしょう」
村人達は次から次へと立ち上がった。おそらくはつみのような旅人を除いた全員だ。
「協力します。こうしている今もオーク達が危害を加えていないとは言えない。急がなきゃ、村にはお母さんもお父さんも居るんです」村人の一人である少女が言う。
はつみも彼等と向かおうかと躊躇していたが少女の言葉に決心が固まった。
「あの、私も…。私、ただの通りすがりなのですが式神を呼び出す事が出来ます。陽動ならお役に立てると思います」
式神?なんです、それは?」ジニアスははつみに質問する。
「東洋の召喚術…の様なものよね?」アリシアが答えた。
「ほほう、召喚術か。戦力としてはあれば有難い。是非とも協力願いたいですね」
「私は召喚士なのだけれど、一緒に村へいってもいい?用事があるの」アリシアがそう言うのを聞いてジニアスは目を輝かせる。
「勿論、協力をお願いしたい!召喚魔法の使い手が二人もか…。これは僕の作戦も少し変えなければならなくなりますね。陽動というよりも主戦力として欲しい所だ」
「怪我をしない程度に、マナの続く限りに、お手伝いさせて頂きますわ」
アリシアは軽く会釈をするとジニアスに微笑み返した。
(召喚魔法ってこんなに必要とされているんだ…。凄いなぁ…。私も役に立てるよう頑張らなきゃ…)
はつみはアリシアに対するジニアスの態度の違いを感じ少し嫉妬しながらも自分を奮い立たせた。彼女が実践で口寄せ術を使うのはこれでも何度も経験している事だが、召喚魔法を間近に見ることもそれらと自分の口寄せ術を比較するであろう事も始めての事だった。
「ステファン、いますか?」
ジニアスは兵士達へ向かい問い掛ける。
「あ、はい。なんでしょう?」
ステファンと呼ばれた兵士は兜を取る。ジニアスよりも若いその男は他の兵士と比べるとまだ子供にも見える。彼の場合はジニアスのようなエリートな背景は窺えない。ただ若いがゆえに自らの名声を手に入れるために兵士に志願した風でもある。
「ステファン、あなたは女になりなさい」
「は?!」
「背も小柄で顔も若い、女っぽい顔ですし。女装するには調度いいでしょう」
「ちょ、ちょっとまってください!なんで今の話から僕が女装する事に繋がるんです?!っていうかどうして僕が女装しなきゃいけないんです?!」
「ですから、あなた以外で女装に適した兵がいますか?」
「いや、だから…女装する意味がわかりません!」
「これからロメナスの村へ陽動に行く際に、オーク達はあなた方が本当に村人か疑うでしょう。格好こそ村人ですが、実は屈強な兵士です。バレないようになるべく身体のサイズが小さい人に変装させます。が、それでも注意深いオークは村人を男と女に分けるかも知れません。人間の男は女に比べれば戦闘力がありますからね。で、今回の主力である召喚士の方2名の女性をお守りする役が欲しかったのです。重要な任務ですよ?」
「重要な任務…是非とも参加したいです。でも…女装か…」
小声で愚痴をこぼしながらステファンは了承した。

5

「なんてこった…記念すべき初任務なのに、こんな恥ずかしい格好なんて。これで死んだら末代までの恥じゃないか…はぁ…」
ステファンの独り言が聞こえる。
ステファンは旅人から借りた踊り子の衣装を纏っていた。そもそも踊る時に着用する衣装なのだから旅をしている時に着ているのは不自然だったが、オークがそれに気付くとは考えにくいというジニアスの判断で口紅や花飾りまで付けさせていた。
はつみやステファン、アリシア、そして村人達と変装した兵士達は陽動部隊としてロメナスの村へ辿り着いた。オーク達を刺激しないよう村の入り口付近で距離を置き警備に当たっていたオークに気付かれるのを待つ。
警備に当たっていたオーク数匹はそれに気付くとはつみ達に向かってまるで襲い掛かるかのように集まってきた。変装した兵士は懐の短剣をいつでも抜けるよう構えた。
「お前等、村のものか?」オークが訊く。
「家族が村にいるんです、会わせてください!」本当の村人である男が答えた。
「馬鹿な人間どもめ、のこのこきやがって。首領が逃げた村人達を探してたな。お前等、来い」
はつみ達は警備に当たっていた数匹のオーク達に連れられて村の中心にある広場へと向かった。広場には村人達が縄で繋がれて座らされている、がそこにいるのは男ばかりだった。
「(女達の姿が見えないな…やっぱり予想されてたとおりか)」ステファンが小声で言う。
「男はココだ。女は料理を作ってもらうぞ。今首領は食事中なのだ」
オークのうち1匹ははつみ、アリシア、そして村人の女性達を順に引き連れて行こうとする。女装したステファンを連れて行こうとした所でオークの手が止まった。
(ばれたか…)
ステファンは少しだけ背中に冷や汗を掻いた。オークが鼻が利く事は知られていないが彼等の見た目が動物のようになんとなく鼻が利きそうにも見えるのだ。
「お前、男みたいな女だな」
(ばれてない…ばれてない…けど、このオーク、ジニアスの野郎よりも見る目あるじゃないか!そうだよな、そうだよな…僕は女の子じゃないもんな?)
ステファンは一人で納得して頷きながらオークに連れられて行った。
彼女達が連れられた先では既に村人の女性達が料理を忙しく作っている最中だった。入り口には数匹のオークが村人達が逃げないよう睨みを利かせている。その視線に脅えながら女達は料理を作っていた。
「ここは人間は足りているのか、こっちへ来い。ナブ様の宴で余興を披露するのだ」
はつみ達はこれ以上人が入らない風なごった返し状態となったキッチンを通り過ぎてナブが食事中だといわれる広間へと向かう。村へ来て突然ナブと対面するなど想定外の展開だった為かステファンも緊張がさらに顔に表れた。
「(ヤバイぜ、もの凄んごいヤバイ)」ステファンは小声でアリシアやはつみに言う。ただでさえ緊張していたはつみは、彼女達を守る立場である彼の一言を聞いて余計に身体を強張らせる。
「(あ、あ、あの、もし私達の正体がバレたら直ぐに式神を呼び寄せたりしてもいいんですか?タイミングとか待ったほうがいいんですか?)」
「(バレたらそうするしかないぜ…でも広間っていっても召喚獣やら式神やらを呼び寄せたら大変な事になるだろうからさ、呼んだら直ぐに外へ逃げ出せ。それでもオークに追われるなら…村中を逃げ回れ。ジニアス達が突入するまで逃げ回れ、とにかく逃げろ)」
「何をコソコソ話している?!広間に着いたぞ。入れ!」
オークが大声を上げるのではつみもステファンも身体をビクつかせた。
「おじゃましま〜す…」ステファンは女っぽい声で小さく挨拶を言うと広間の扉を開いた。
意外な事に廊下からは広間でのオーク達の声も聞こえては来なかった。食事、宴、余興、となれば人間では大騒ぎな様子を思い浮かべるが、彼女達が想像していたよりもずっと廊下は静かだ。まるで広間では葬式でも開かれているのではないかと思わせるぐらいの静けさだった。
広間へ足を踏み入れると何故静かなのかその理由が解った。
オーク達は黙々と運ばれて来た料理を食べている。余興をしろ、と命令されたであろう村人の女性達も静かに踊ってはいるが、オークのうち誰もそれを見入る事は無かった。チラチラと窺うがまるで興味なさげに料理を食べる事に集中している。
そして余興のメンバーが一人また一人と追加されていく様子をオーク達は静かに見ていた。だが彼等の視線はある1点に集中した。ステファンである。
「(おいおいおいおい…モロバレじゃねぇかよ…泣きそうだ)」
はつみもアリシアもオーク達の視線が注がれているのがある1点、ステファンだと気付くと同じように彼を凝視した。はつみやアリシアにまでも見つめられたステファンはさらに泣きそうになる。
「(あ〜、そうさ、僕が全部悪いのさ。僕が女装なんてしねーッって断ってれば…)」とはつみに聞こえるか聞こえないかの小さな声で言うステファン。
「(あの…ステファンさん、その…女装が、)」はつみは小さく慌てて言う。
「(ん?)」
女装の為に被っていたカツラが外れかかっている。
完全に外れてしまえば女っぽい顔のステファンだ。うまく行けば気付かれないだろう、だが、中途半端に外れかかり、半分だけカツラをしているという間抜けな格好になってしまっている。緊張していた為か、カツラが外れかかっている事に気付かなかったのだろうか。
「っちょッ、ちょっとまった!これには深い訳が!」
その台詞を言い終わるよりも早く、ステファンの顔3センチ横を投げ斧が通過して壁に突き刺さった。その風圧で彼の顔に小さな切り傷が出来て血が垂れた。
「なぜ人間の男がココにいる!!」
地を揺らすような大声の主は眼帯のオーク、ナブだ。斧を投げ飛ばしたのもナブであった。流石はオークの部隊長だ、他のオークが食べる事に必死になる中で真っ先に戦闘態勢をとったのだ。
「ちょっと待て!話せば解る!ナブさん、アンタは人間達の間でも生粋のアホオークとして有名だ!」何を突然言い出すのだ。という顔ではつみもアリシアも村人達もステファンを見る。だがステファンは止めてくれるなという勢いで話始めた。
「お、お、お前等オークが男か女かの判断は僕にはつかねぇ、でででもな、ナブさん…あんたが賢いオークなら僕が男か女かの判断がつくよな?な?だ、大体さ、カツラが被ってても女の奴はいるぜ?まさか、カツラとかで男か女か判断してねーよな?僕だったらそんなことしねーッ」
ステファンは逆切れしたようにカツラを地面に叩きつけた。そういう様子を見ているとどう考えても男のように見えるのだ。少なくともはつみの目からはオカマが「全然男っぽくて気色悪い」と言われ腹を立てている風に見える。
だがナブは考えていた。
犬と比較してもどちらの脳味噌が大きいのか微妙とも思えるオークの小さな脳味噌で考えていた。人間達に馬鹿と言われている事は勿論イラつかせる事だが、それよりも実は同じオーク達の間でもナブは頭が悪いのではないかと噂されている事が彼の気掛かりになっていた。答えを迷っているのはそこなのだ。
「それぐらい俺でも知っている」とナブが言う。多分何らかの答えが導き出されたのだろう。
「お、おう。そうだろ。俺は女なんだよ。解るだろう?」
と、少し安心してステファンは言うが、まだナブはステファンが男か女かは判断していなかった。
「人間の男はな…ケツに穴が無い!ケツに穴があるのが女で、ケツに穴が無いのが男だ!」
(いや…男も女もケツに穴はあるだろ…どうやってクソするんだよ)
心の中でツッコミを入れるステファン。どこで手に入れたか解らない知識だがナブの豆知識は微妙に事実とは異なっていた。そしてステファンはナブのその意外な答えでこれからの予測を大きく踏み躙られた。
オーク達の間でも顔を見合わせる者もいる。普段から見かけている人間達は服を着て隠す部分、それがお尻だ。詳しくはどうなっているのか知らない。だからナブの答えが実はあっているのかも知れない、と思われている。
(おいおいおいおいおいおい…、まてよこの展開。超ヤバイぜ…)
ステファンはゆっくりと後ずさるが背中に迫っていたオークに止められた。
「おい、ソイツのケツをひっぺがせ!」
ステファンの背中に迫っていたオークは彼を公衆の面前に後ろ向きにさえると彼のスカートをまくり上げてパンツを文字通りひっぺがした。はつみは顔を真っ赤にして両手で覆い、アリシアもステファンの痴態を見ないよう別の方向に顔を向ける。
「おい!!ケツの割れ目を広げろ!穴があるか確認出来ないだろうが!」
確かにある意味道理に適う一言だが容赦が無い一言でもある。
ナブに命令されたオークは少し困惑しながらも指でステファンのお尻の穴が見えるよう広げた。お尻を突き出して屈辱に耐えるステファンの目からは涙がこぼれて床に落ちた。
(僕はここに何しに来たんでしょうか…。皆にお尻を見てもらいに来たんでしょうか…?)
涙を流すステファンを全く気にせず、ナブは満足したようにウンウンと頷いた。
「ケツに穴がある。ソイツは女だ」
それを聞いたオーク達はまるで学者が重大な発表をした事に感銘を受けたかのように歓声を上げた。オーク達は彼等がステファンのお尻に注目するなか、人間の誰一人もステファンのお尻を見ない事に疑問一つ持っていない様だ。
「あの…そろそろ指を除けてくださいませんか…?」
涙声でステファンは言った。