174 スーツケースの男 1

今日は久しぶりに東京に来ていた。
コミケ以来の東京だったけれども、秋葉原でもなければ幕張でもないし、夢の島でもなかった。
六本木ハイビルディング。
50年ぐらい前から世界で初めて、を謳い文句にした超高層ビル群が並んでいる場所。確かビルの最上階辺りになると空気が薄くなり重力も薄くなると噂されている。
景気のいい時はそのシンボルとしてアジアの、いや世界の企業がその一体を買い占めたりもしたわけだが、今は政府所有になっていて、企業に賃貸されている。
そんな場所に俺が呼び出されたのは他でもない、護衛の任務だ。
マダオの話ではまたしても中国に向かって政府の要人が出張するから護衛をお願いします、とのことで、俺はほんの少し前に重慶で大襲撃を受けて中国の中を右往左往した思い出が頭をよぎり、胃の奥から苦い汁が喉元まで這い上がってくるストレス性の現象が起き始めていた。
おおかた依頼主はジライヤだかあの辺りじゃないだろうか。しかし、中央軍の本部へと案内されないってことは、ここで政府要人とご対面なのかもしれない。気になるのは、俺にはなんら案内が来てないで、aiPhoneに現地の地図が記されているだけのメールが届いたことだ。
南軍で活動していた時に、強盗団が襲撃されたらその場所をaiPhoneで俺に教えてくれたんだけど、同じ手順で今回の任務の場所まで教えやがったというわけか…南軍の指揮官は俺をドロイドだかなんだかと勘違いしてるんじゃないのか?
などとイライラしながら、ハイビルディング行きのバスに乗り込んで腰を下ろして前方を見ていると、どこかの金髪の外国人観光客らしきツインテールの女が、キャミソールにハーフパンツ、麦わら帽子という異常な格好で、卑猥な紙袋に薄い本を大量に収めた状態でバスに乗り込んでいたのだ。おおかたアキバだとかで買い物をしたんだろう…紙袋は美少女が描かれており、そのおっぱいの先にピアスがあって、それが紙袋の取っ手の部分までチェーンで伸びてるという、本当にどうしようもないぐらいに最悪なクールジャパンのカスみたいなセンスのもので、これまた金髪ツインテールの女は恥じらうことすらせずに下げているのだ。外人には恥の概念がないと言われているから、まぁ外国人ならしょうがないか、などと思っている日本人の俺も俺で、よくよく考えると不思議なものだ。
「Hehe…Hehehe…Oh…Yeah…」
などとヘラヘラ笑いながら、卑猥な紙袋の中から薄い卑猥な本を取り出している…その顔に見覚えがある。いや、笑い声にも聞き覚えがある。おい、こいつ、こんなところで何をしてんねん。
「コーネリア、何してんの」
身体をビクつかせて声のしたほう、俺のほうを見ているコーネリア。
「Oh…Shit」
「Shitじゃないよ、なんだよその反応」
「ナンデキミカガココニイルノー?」
「そっちこそなんでだよ。アキバなら広島アキバにでも行けばいいじゃん?わざわざ東京まで来るなんてコーネリアらしくない」
「来タクテ来タワケジャアリマセーン。オ仕事ノツイデデース」
「へぇ〜…そういえばあたしも仕事なんだよ」
「奇遇デスネー!」
などと会話をしている。
バスの乗客達は一見すると可愛らし美少女が乳首ピアスな卑猥なアニメ袋を手に下げたヤバそうな外人になんら躊躇なく話しかけているのを、変質者を見るような目で見ていた。
バスはハイビルの付近で停車した。
何故かコーネリアもエロ本を見ながら降りていく。
「仕事?ここで?奇遇だね」
「キミカモ軍関係ノ仕事ナンデスカァ?奇遇デスネ」
奇遇にも俺とコーネリアは同じビルへ入る。
遠くから見ればシンボルマークにもなっているのだけれど、バス停を降りた位置から見ると雲の中へ突き刺さっていくビルがバベルの塔のように見えるだけでそれほどのインパクトはない。
aiPhoneを取り出してメールに記述されている階へ向かうエレベータを探す…と、まるで俺の行動を予測するかのようにコーネリアがそのエレベータに向かっているのだ。
階を入力する…と、隣でコーネリアが驚いて、
「Hey…私ガ行コウト思ッテイル階ト同ジデスカァ?」
「奇遇だね」
エレベータが閉まる。行き先は350階を示している。
その時だ。
慌ただしく走るような音が聞こえて、荒い息やらギシッギシッという何か金属がぶつかりあう様な音に続いて、
「HeyHeyHey!!」
早口の英語。
目の前で突然手が現れてエレベータの閉じようとしていた扉の間に突っ込まれる。ずいぶんと荒っぽい止め方である。エレベータは警告音を鳴らして危険行為を指摘している。
スーツ姿の外国人がエレベータのドアの前に現れたのだ。閉まりそうになっていたドアをこじ開けたと言ってもいい。そして、滅茶苦茶重たそうなスーツケースを、ゴトッという音を立ててエレベータの中へと入れると、自分もエレベータへと乗り込んだ。
再び警告音。
重量オーバーを示すブザーだ…って、このスーツケースどんだけ重いんだ?鉛でも入ってるんだろうか?
「HaHaHa!!(英語で何か言っている)」
すると、あろうことかその外国人、持ってきたスーツケースをエレベータに置いたままで自分は乗らないでいるのだ。
「え、ちょっ…」
ドアは締り、上昇し始める。
「大事なモノが入ってないのかな?」
一心不乱にエロ本を読み続けているコーネリアは今の一連の出来事は見ていなかったようで、ちょうどいい椅子があったと言わんばかりに、男が持ってきたスーツケースに腰をおろした。
「コーネリア、それさっきの人のだよ」
「見ラレテナイカラ大丈夫デース」
…ったく、見られてなかったら何してもいいのかよ。
コーネリアはエロ本を読みながら時々「HaHaHa!」と笑って、思いっきり屁をしていた。もう最悪だ…俺は美少女が屁をする瞬間っていうのが一番嫌なんだよな。コーネリアが見ていた本も美少女が浣腸されて糞を一般人の前で散らかす系統の本だったし、最近そういうのにハマってるのかもしれない。もう俺に対する嫌がらせに思える。
そうこうしているうちに目的の階へ到着した。
スーツケースを階へおろそうかとも思ったけれど、さっきの外国人が降りる階が別だと困るだろうし、スーツケースは放置して降りる。
どれどれ…場所は…452会議室。
廊下を突き進む俺の背後にコーネリアが付いてきているような気がするけど気にしないで行こう。
会議室の前で初めて人に出会う。
迷彩服姿の軍関係者か。
軽く会釈して会議室へと入った、が、その背後をコーネリアが付いてきているような気がするけど、気にしないで入ろう。
「奇遇デスネ、キミカ同ジ会議デスカ?」
「本当に奇遇だね」
って、同じ任務じゃないのかコレェ…。
会議室に入ると知った顔が2つ。
1人は…要人か?
安倍議員が居たのだ。タエから借りたであろう熊のぬいぐるみ人形はまだ使っているようで、この幼女、自分の足で歩いたりするのがそうとう面倒くさいようで、その熊のぬいぐるみ(パワードスーツ)を手足に使っている…現に、今でも安倍議員はそのスーツを使いこなして会議室にあるお菓子のカゴからホワイトロリータやらピーカンナッツやらをとっては食べ、とっては食べしている。
「お久しぶりだな、キミカ」
「あら…幼女が今回の護衛対象なの?」
「おい!!幼女と呼ぶな!!!」
もう一人は…ん〜この組み合わせは意外だな。意外中の意外だ。
「相変わらず失礼を働いているな、貴様は」
右翼テロリストのボスであり、中央軍司令官である、東条…ジライヤの中の人だった。
「今回は私の護衛ではないぞ、キミカ」
すると、先ほどスーツケースを重たそうに持って歩いていた、あの外国人が部屋に入って来たのだ。
あぁ…この人を護衛することになってんのか。そりゃコーネリアみたいに英語と日本語が話せて人間離れしてる奴がいれば楽だな。人選はよく考えているようだな。
「すまない、遅れてしまったようだな」
…その外人は非常に流暢な日本語でそう言った。
「いや、いいのだ。まだ遅れてるのがいる」
そう言って、会議室に居た迷彩服姿の軍人達に手で合図をする。
窓が暗くなり外からの光を遮断させる。
それから「もういいぞ」という意味合いの手の合図で、軍人達は会議室の外へと出て行った。まだ来ていないであろうもう一人を置いて、さっさと説明を始めるようだ。
「日・米・中の3カ国階段を行う事になったのだ。で、前回、護衛に尽くしてくれた藤崎紀美香が日本担当、コーネリア・マクリントックが米国担当、中国の担当は現地にいる」
それを聞いてからスーツケースの男は、アメリカの映画の俳優がするようなスマイルを作ってコーネリアに手を差し出して「よろしく」と言った。だが、一方のコーネリアは「Yep」と一言言ってから相手の顔を見ずに握手した…なんて失礼な奴なんだ。
「どうやら彼女には嫌われているらしい」
というジョークなのか本気なのかわからない事を言う外人。
「それであたしは幼女を護衛したらいいの?」
「だから幼女じゃないと言っているだろうが!!」
幼女は腕時計を見てから、ジライヤ…東条へ言う。
「まだなのか?」
「いつものことです」
…。
外が騒がしいな。
誰かが会議室の外に来たようだが、あの軍人達に止められているようだ。暫くやりとりがあってから、扉が開いた。パンプスのコツンコツンという音が響く…から、どうやら俺の護衛するのは女らしい。
「遅れて悪かったわね、車が混んでて」
その声を聞いて、俺はギョッとした。
振り向けば俺の知った顔がある。
ここまで偶然にも、知った顔ばかりに埋め尽くされるのも気味が悪いもんがある。まるで仕組まれているかのように…だ。
そう、会議室へ入ってきたのは蓮宝しずか議員…。
スカーレットだった。